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#1 捨て男

ある晩オカンが男を拾てきた。

春の雨ふる夜中。
あたしが目を覚ます前に、オカンの帰ってきた気配に、横で寝てたハチが飛び起きて、急いで廊下を走っていった。
床にあたるハチの爪が立てるチャカチャカという音が遠くなってくのんを、あたしはうっつらした頭で聞いてた。
ざあざあと部屋の中にまで入り込んでくる雨の気配。
寝る前はそんなに強い雨やなかったのに。

かなんなぁ、オカン、
べろんべろんとちゃうか。
きっと明日の朝、
あ、もう今日の朝か、しじみのお味噌汁食べたい
と、うるさいに違いない。

オカンの二日酔いの朝の定番。

良かった。
しじみ買うてあって。
しばらくなかったけど、そろそろ酔っ払って帰ってくるころかなって思たのよね。
できたムスメじゃ。

つらつらとそんな事を半分起きて半分まだ眠った頭で考えてたら、オカンの大声。

「月ちゃん、ただいまぁ。
お土産があるぞい。起きといでぇぇぇ。」

誰が起きるかいな。
とっとと水でも飲んで寝床に入っておくれ。
あたしはオカンと違うて夜型やないのよ。
ううんと掛け布団を引き上げて、ドアに背をむける。

「おおーい、娘よ、
起っきれーい。」

更にでっかなる声。
あかん、あかん。
この間も酔っ払って騒いで、隣のサク婆にお灸すえられたとこやのに。
また罰ゲームでうちの町内分担が増えてまう。

はいよ、はいよ、
今参りますがな。

素足で歩くヒンヤリした廊下。
ペタペタペタ。

もう春やと思うたけど、足の裏には冬の名残がしみてくる。
夜はまだまだ冷え込むんや。
玄関でそのまま寝てもうたりして、風邪ひかれても、かなんし。

廊下から玄関に出る暖簾をくぐる。
そこには特上機嫌のオカン。
陽子という名前のとおり、あったかい陽だまりのようなその笑顔。
オカンの性格そのまんまに、好き勝手にあっちにこっちに向いてるクルクルの天パの髪。
その髪に、雨のしずくがとまってる。
きかん気そうなキリッとした眉毛と、その下できらきらしてる黒目がちの子犬みたいな目。
別嬪さんというのとは、またちゃうねんけど、人の目をひかずにはおれんその面差し。

黙ってても、心の強さがにじみ出てくるような。
こういう人を魅力的って言うんやろうなあと、ベロンベロンのオカンを見て、場にそぐわんことを思うあたし。
これやからマザコンやってよう言われるんやろか。
しゃあないやん。
オカンのこと好きやねんもん。

その、娘曰く魅力的にベロンベロンのオカンの足元に、うずくまる男。

これ、誰?

「これ、誰?」

ハテナがそのまま口に出る。

「さっきから言うてるやあん。
おぉみぃやぁげぇぇぇぇ。」

オカンの髪からハラハラと散る雨のしずく。

はぁ? 
おみやげ?

「拾てん。
捨て男やねんて。
この人。」

はぁぁ? 
拾たって、捨て男って、また、おかしなことを。

「ほんでな、
お母さん、
この人と結婚することにしたから。」

はぁぁぁ? 
何ですと?
ちょっと待ったりいな

と、つっこむ前に、後はよろしくぅとか、おやすみぃぃぃとかムニャムニャ言いながら、オカン、玄関にバタンと倒れて沈没。

後はよろしくって、何をどうよろしくすんねんな、この状況で。

静かになった玄関にひびくオカンと、叩きに寝っ転がる捨て男なる男の鼾の二重奏。
さっきより強なったような気がする雨の音がそれに重なる。

ザアザアザア。

かなんなぁ。
なぁ、ハチどないしょう。
何か難儀なことになりそうや。

足元のハチに目で問いかける。

腕組みするあたしの横で、ハチも小首をかしげてた。

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ココログ小説」カテゴリの記事

コメント

初めまして、咲乃月音さん ウミネコと申します、素晴らしい小説ですね。 ユニークで、笑いあり、涙有り ハットすること有ったり、小説の中に吸い込まれてしまいました。
直ぐに、知人にも伝えました。  私も身近な事を書いていくのが夢です。
これからも、頑張って書いて下さい。 

投稿: ウミネコ | 2008年3月 7日 (金) 23時12分

コメント嬉しく拝見いたしました。
そう言っていただくと書くはげみになります。
ありがとうございました。

投稿: 咲乃月音 | 2008年3月10日 (月) 14時30分

初めまして、母娘の愛情がよく判ります、微笑ましいです、

投稿: フリ-ピ-ス | 2008年3月21日 (金) 23時15分

訪問ありがとうございます。

またお立ち寄りいただけたら嬉しいです。

投稿: 咲乃月音 | 2008年3月22日 (土) 16時52分

これって本当に小説?
実際にあったことを書いたんとちゃうんですか?
あまりにリアルすぎるんでそう思いました。

投稿: saayananoda | 2008年5月31日 (土) 11時32分

こんばんは。はじめまして。はちと申します。小説久しぶりに読ませていただきました。流れるような関西弁が非常に素晴らしく、印象的でした。ハチというのは、話と同じ名前ですが、犬でしょうか?親子の愛情がにじみ出るような内容にも感動しました。また、遊びに来ます。ありがとうございました。

投稿: はち | 2011年1月13日 (木) 23時41分

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