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#10 人魚姫とウニ女

センセイのひげはあたしを抱くとき、いつも少し伸びてる。
あたしがそう頼むから。
あたしに会う日はひげをそらんといてと。

ざらざらした顎があたしの唇や、肩や、わきの下やへその上にかすかに残す赤い跡。
すぐに消えてなくなるそのヒリヒリした感触が好き。

セックスは切ない。
深くつながれば、つながるほど、自分と相手はこの世で別々に生きる別々の人間やというのがわかる。
ゆれる海草みたいに指と指をからめて、胸をきつくあわせてセンセイをそこに感じる。
一瞬自分の身体の一部かと思うぐらい。

あたしの中心に近く深くなるセンセイの身体。
でも、けして一緒にはなることはない。
人間はやっぱりどんな時もひとり。

えらいお嬢ちゃん、今日はおとなしなぁ。
ベッドに腹ばいになってセンセイが笑う。

あたしがお嬢ちゃんって呼ばれるんが好きやって知ってるセンセイ。
センセイはあたしの好きなことを見つける才能がある。

あたしはいっつもおとなしいですけどと、センセイの背中にあごを乗せる。
ヒンヤリした背中。
不思議な感触。
身体をあわせてる時ですら、ヒンヤリしているその背中。

いつも穏やかなセンセイ。
こういうことになってもう2年近くなるけど、センセイを取り巻く温度は変わることがない。
いつも常温。
それは安らかなことなんか、さびしいことなんか。

来た時にはしわひとつなかった真っ白なシーツを波立たせるように胸に抱え込む。
ぐるぐると寝返りをうつ。
両足がシーツに囚われる。

「人魚みたいやな、そうしてたら。」

ごろごろ転がるあたしから逃げるように起き上がったセンセイが言う。

ほら、やっぱりセンセイはあたしの好きなもんを見つけるんが上手。
ちいちゃい時、シンデレラより、白雪姫より憧れた、長い長い碧の髪をもった人魚姫。
人魚姫の恋は悲しく終わる。

センセイもいつか終わるんかな。
その時、泡になって消えんのは何なんやろう。

シーツに包まれた足をバタバタはねさせる。
水を打つみたいに。

センセイとオカンは一緒に働いてる。
いや、正確に言うと、センセイに雇うてもうてる。
20年以上も前、看護師としてオカンが働きだした病院にセンセイもいてた。

「陽子ちゃんは、いっつも、さばさば、きびきびしててなぁ。
白衣の天使いうより、白衣の戦士やったわ。」

とセンセイからきいたことがある。
オカンらしい。

センセイが5年前に自分のクリニックを始めた時に誘われて、それまでいた病院を辞めてそこで勤め始めたオカン。
あの二人はできてたんかと、前おった病院ではえらい噂になったらしいけど。
そんな事あるわけないと笑うセンセイやけど。

ほんまかな?
センセイはオカンをずっと好きやったんとちゃうんかな。
叶わんまま、今日まで来て、オカンを思う気持ちが、あたしの中のオカンを求めて、あたしと始めてしもたんとちゃうんかな。

今日も時々、あたしを通して違う誰かを見ようとしてるようなテーブル越しのセンセイの目。
何を見てんのん?
センセイの目に映るあたしを反対に覗き込む。

木目のテーブルの上には薄々と、花びらを思わせるような鯛の薄造り。
そえられた酢橘をしぼりかけ、お醤油をちょんもり付けて口に運ぶ。
あわあわと繊細な花びらのような見かけとは違う、ふちに歯ごたえを感じる鯛のしなやかな身。
ああ、美味しい。

「今日もええ顔して食べてるな。」

きりりと冷えた冷酒をあたしの猪口にそそぎながらセンセイが笑う。
飲んでるのはあたしだけ。
車のセンセイの猪口には氷水。
気分だけでも月ちゃんにつきあうわって言うて。

いつも女将が塗りのお盆の中にずらりと猪口を並べて、自分の好きなんを選ばせてくれる。
センセイのいつも選ぶんは、ぽってりと、気泡もとじこめられてるような厚手の猪口。
あたしは当てた唇が切れそうな薄いガラスの猪口。
僕がもったら壊れそうでこわいとセンセイが言うような。
壊れそうな綺麗なもんが愛おしい。

「うちのお母さん、結婚するらしい。」

出来るだけ普通に言うたつもりやけど、空気がちょっと固くなったんがわかる。

「え?」

と聞き返した形のままのセンセイの口。
とまった口元にセンセイの気持ちがゆれてんる気持ちが見えるみたい。
滅多に見ることのないセンセイの温度のたゆたい。

「やっぱりショック?」

追いかけて棘をのばしてみる。

「え、なんで僕?
ショックは月子ちゃんの方やろ。」

あ、つまらん。
もういつもの温度に戻ってしもうた。

センセイの口の横にくっきり浮かんだ笑い皺を見ながら、自分にきく。

ショックヤッタン?

ショックという言葉の、どっかにぶつかって跳ね返されたような響きと、今朝、並んで座るオカンと捨て男を前に感じた気持ちとは何か違うような気がする。

「ショックっていうのんとは、ちょっとちゃうかも。
何か悔しいような妙な気分。」

手元の猪口のふちを指でなぞる。

「そら、びっくりしたけどさ。」

頭をちょっとふる。
ショックとびっくりって、どうちゃうねんやろうと自分でも思うけど。

「月子ちゃんは、ほんまにお母さんのこと好きなんやな。」

あたしに向けるセンセイのまろい目。

「センセイも、うちのお母さんのこと好きなくせに。」

センセイの柔らかい空気を今日は何でか、突付きたくて、また棘がのびる。
こんなん人魚どころかウニ女や。

「もちろん、好きやで。
月子ちゃんのお母さんやからね。」

ウニ女の棘をすんなりかわすセンセイ。
これが年の功というもんか。
憎らしい。
憎らしくて恋しい。

「反対ちゃう?
あたしがお母さんの娘やからつきあうてるんとちゃうのん?」

今まで何回もききたくて、きかれへんかった事が、今日はいきなり口からこぼれた。

「ほんまはセンセイが好きなんはお母さんで、あたしはその代わりなんとちゃうのん?」

センセイ、黙ってしもた。
どんな時もゆるく流れてるセンセイの空気が止まったみたい。

その顔をじいっと見る。
あたしとセンセイの周りだけ変に静か。
何かがこわれた後の静けさか、何かがこわれる前の静けさか。

「わかってくれてるんやと思うてたけど」

ついと、テーブル越しに伸ばしてきたセンセイの手が、頬にふれる。
そこからまた時間が動きはじめる。

ウニ女の棘がゆるむ。

ゆるんで揺れてる棘をもてあましながら、思う。

センセイが、わかってくれてると思うてたことって何やろう。
あたしがほんまにわかってることって、何やろう。

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コメント

ほんまにいきなりセンセイとの関係が出てきた~~~。
この展開はいかに。
ガラっと場面が変わったから、違う物語のような感じにも思えたり。
でも、先はどうなっていくのでしょうか~~。

投稿: かなりん | 2008年3月 7日 (金) 21時51分

センセイの登場にビックリです!! 月ちゃんとは親子ほどの年齢差みたいですね。
オカンと捨て男のことも気になりますが、こちらのほうの展開も目が離せないです。

投稿: 神戸のかものはし | 2008年3月 7日 (金) 22時19分

で、月ちゃんはお母さん公認の彼がいてるんかな?
って思ってたんやけど、またえらい展開やわ!
センセイの配役予測に悩ましい今宵よ!

投稿: luna | 2008年3月 7日 (金) 22時21分

月ちゃんを我が事のように読ませてもらってたんで、今回はなんか、照れますね。
でも、優しい描写にうっとりしてしまいました。

投稿: こい | 2008年3月 8日 (土) 10時50分

おもわず、あれなんか飛ばし読みしちゃったかも思う展開にびっくり。
またまた複雑な月ちゃんの心情。
そして何事にも母が立ちはからってるのか月ちゃんがオカンの周りをウロウロしてるのか...これからの展開が楽しみです。

投稿: 京子 | 2008年3月 9日 (日) 01時26分

ここで月ちゃんの彼氏登場したんですね。
ちょっと照れ照れしながら読みました。
結構年上の彼氏さん、
本当はオカンが好きなんじゃない?
そうやって不安になって疑うのも
どこかで月ちゃんがオカンには叶わない
オカンはやっぱり凄いって思ってるからなんでしょうかね~♪


投稿: Bikkyママ | 2008年3月 9日 (日) 01時42分

またもや次が気になる展開。それにしても午後3時更新じゃなくて
日本時間お昼12時前後だったら会社のランチ時に読めるのにぃ~。
次の作品は是非とも昼更新でお願いします!!

投稿: ayaPod | 2008年3月 9日 (日) 11時39分

皆様、コメントありがとうございました。

月ちゃんとセンセイの今後も見守ってあげてくださいね。

またお立ち寄りいただけたら嬉しいです。

投稿: 咲乃月音 | 2008年3月10日 (月) 14時32分

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