#17 迫真の演技
サク婆は優しくて厳しい。
町内の人はみんなサク婆が好き。
そのどんぐり目はいっつも真っ直ぐにものを見、人を見る。
父の百か日がすんだ頃、父とオカンがその頃住んでたアパートの大家が訪ねてきた。
せり出したお腹をベルトの上にのせ、脂ぎった顔で何かというとお金の話しばかりするこの大家がオカンは苦手やった。
最初は、遠まわしに出ていってくれと話を切り出してきた。
ここは家族や夫婦向けのアパートなんでねと。
ちょっと目立ちだしたお腹を押さえながら、いえ、私も来年子供ができるんで、そしたら、家族暮らしになりますからと答えるオカンを大家はふんと鼻で笑うたようやった。
世間をよう知らんみたいやなぁとドラマで言うようなセリフを吐いたかと思うと、今度はそのえくぼができそうなぶよぶよした手でオカンの手をいきなり引き寄せた。
ねちこい目でオカンの顔とお腹を見比べながら、よかったらわしの世話になれへんか。
ここは家内の目もあるから、他にアパート借りたる。
あ、子供は面倒やから、流してしもたらええと、オカンの耳に流れこんできた汚物のような言葉。
触らんといてっという声と一緒に、思いもかけず強い力でオカンに突き飛ばされた大家が、何や人が親切で言うてんのにと顔を真っ赤にして出ていった。
ドアを叩きつけるようにして。
もうこのアパートにはおられへん。
二十歳で頼れる身寄りもなく、日に日に大きくなっていくお腹を抱えて、オカンは途方にくれた。
父が残してくれたいくらかの貯金はあっても、仕事も住むところもない。
不動産屋をめぐっても、無職、保証人なし、おまけに独り身やのにどうも腹ボテらしい20の娘に部屋を紹介してくれるとこはなかった。
いっぺんだけな、地下鉄のホームに立って思うたことあったわ。
轢かれたら痛いかなぁって。
痛いけど色んな心配せんでもええようになるかなぁってとオカンがその頃のことをそう話す。
いっつも笑顔で、陽だまりのようなオカンにさした一瞬の影。
でも、その影のおかげでオカンはサク婆と出会うた。
オカンはほんまに電車にとびこもうなんて思うてなかったって言うんやけど、地下鉄のホームに立つオカンの姿はサク婆の目には間際の人間にうつったらしい。
なんて言うんやろ、身体の輪郭が薄うなってなぁ、ぼおっと目が泳いでしもて、ゆうらゆうら揺れてたんやでとサク婆は言う。
オカンからほんのすぐ側で電車が来るんを待ってたサク婆は、こらまずいと咄嗟に思うた。
この娘の気を何とかそらさなアカンと、いきなりイタタタタと大仰な声をあげて腰を押さえもって、その場にしゃがみこんだサク婆。
はじかれたように目の焦点が合うたオカンが駆け寄って、大丈夫ですか、もうすぐ電車が来るから、ここでしゃがんでたら危ないですよと、サク婆をかかえるように立たせて駅のベンチまで連れてった。
腰なんて全然痛ないのに、よろよろ歩いて、ほんまに迫真の演技やったわと今でも二人で笑う。
びっくりして喉が渇いたとオカンがホームの売店で買うてきたフルーツ牛乳を二人で並んで飲む。
腰だいじょうぶですかと言うオカンの問いに、私の腰よりあんたの方が電車にでもとびこみそうな顔しとったでとサク婆。
え、そんなんちっともという言葉とは裏腹に、オカンの顔がクシャクシャとゆがむ。
いきなり子供のように泣き出したオカン。
最愛の旦那、一生の伴侶と思うた人と一緒になって3ヶ月足らずで死に別れてしもたこと、アパートを出ていかなあかんこと、不動産屋を何軒もまわったけど、どっこも相手にされんこと。
そんなことをしゃくりあげながらオカンは話した。
ずっと黙ってきいてたサク婆が、ベンチからいきなりスクッと立って言うた。
「とりあえず、うちにおいで。」
言葉にもびっくりしたけど、てっきりギックリ腰でもおこしたと思うた人が、飲みおわった牛乳瓶をスタスタとしっかりした足取りで売店に返しに行くのに、オカンはなんか笑うてしもたらしい。
笑いながら言われるがままにオカンはサク婆についていき。
その次の次の日には引っ越した。
今のこの家に。
とりあえずのはずがもう25年になる。
今サク婆が住んでんのは元はうちと同じ敷地内にあった離れ。
あたしらが元母屋に住んでサク婆が元離れに住んでることになる。
私ら母娘は離れで十分ですというオカンの言葉にも、あたしはゆくゆくはお父ちゃんとここで隠居するつもりやったからとサク婆は譲れへんかったらしい。
そのお父ちゃんと呼ばれるサク婆の旦那さんは、オカンとサク婆が出会うほんの一年ほど前に亡くなったとこで、淋しいもん同士が引きあうたんかなぁとこれも二人がよう言うセリフ。
サク婆が最初の子供を身籠ったとき、お父ちゃんはひっくり返って喜んで、すぐに庭に離れを建てだした。
子供の家族に母屋に住ませて、離れはわしらの隠居用やって言うて。
まだ産まれもしてへん子供に何を言うてんのとサク婆は笑ったけど、その言葉が悪かったんか、その赤ちゃんは産まれてくることなく流れてしもた。
悲しみにくれる二人のとこにまた生命が授かったのはその二年後。
予定よりも二ヶ月も早く生まれてきた、ちいちゃいちいちゃい女の子やった。
ガラス越しのそのちいちゃい命を祈る思いで毎日見守る二人の前で、その子は産まれてからひと月にもならない短い生涯をひっそりと終えた。
それからはずっと二人暮しやったサク婆とお父ちゃん。
そのお父ちゃんもついに彼岸の人となってしまい、砂で出来た大きな穴が、ふちから崩れてどんどん広がっていくような寂しさに、埋もれてしまいそうになってた時やった。
はじめは母屋に一緒に住んでたけど、あたしが生まれて、無事にお宮参りもすんでしばらく後に、これであたしも安心して隠居できるわと、サク婆は離れにうつって行った。
その時一緒に母屋と離れを区切る形ばかりの生垣もできた。
陽ちゃん、まだ若いし、自分の生活もあるやろうと気をきかせすぎたサク婆の考えで。
それは気のまわしすぎやった。
オカンが誰か男の人をつれてきたことなんて一回もなかったから。
ずっと25年近くもの間。
おととい、捨て男を拾てくるまでは。
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コメント
ああ~いいお話。
暖かいです。
人情がほんわり心にしみてきます。
ほっかほっかしながら今日は過ごします。^^
投稿 まりかず | 2008年3月24日 (月) 17時20分
サク婆が本当にいい人で、何だかとても嬉しくなりました。
でも、いろいろと苦労しているんですね。だから人に優しくできるのでしょうね。
投稿 神戸のかものはし | 2008年3月24日 (月) 18時10分
サク婆=樹木希林さんになってしまってるんやけど
大阪のおばちゃんのええとこ凝縮したひとやねぇ~♪
月ちゃんにとって、捨て男の出現は驚愕&大ショックなことやったけど
オカンを娘のように想って来たサク婆にとっても
同じぐらいのインパクトがあってんなぁ・・・
お好み引っ提げてやってくるサク婆と捨て男の会話
どんな展開になるやら全く読めん!ねんけど
何やソワソワ、ハラハラしてるわたしぃ~
投稿 luna | 2008年3月25日 (火) 00時36分
サク婆ってただのご近所の小うるさい婆さんかと思ったらそんな暖かい話しがあったんですね。
不幸がなければサク婆にも二人の子供がいてまた違った人生を過ごしてたかたもしれないんだ…。
ずっとオカンをほっとけなかったのも本当の娘みたいに思ってたからでしょうね。オカン、サク婆に出会えて良かったね。
投稿 Bikkyママ | 2008年3月25日 (火) 09時41分
ああ〜〜〜〜。展開が深いわ〜〜〜〜〜〜〜。 読ませる!
こうやってジリジリ読むよりも、早く本になって一気に読みたい〜〜〜〜!
サイン、ちょうだいな♪ 本にも、色紙にも、Tシャツにも!!!(笑)
投稿 殿下 | 2008年3月25日 (火) 11時45分
オカンと月ちゃんの年齢がはっきりして、気分は月ちゃんになって読んでるけど、そうか、オカンの方が断然年齢近いねんやん! と気付いて愕然とした(笑)
続きが楽しみ♪
投稿 殿下 | 2008年3月25日 (火) 11時49分
あの厳しいサク婆が
自分の家貸すまで優しい人だったなんて・・・
オドロキです!
投稿 むくち | 2008年3月25日 (火) 13時27分
どきどきしながら、いつも読んでます。
さく婆が、そんないい人やったなんて・・うるうる。
今、いい感じでハッピーなので、ほかほかしてます。
お願い!どんでん返しは「なし」で、続いて!
投稿 kaoru | 2008年3月25日 (火) 13時34分
サク婆が!
そんないい人だったとは!!
てっきり近所の口うるさいお婆さんだと思ってました。
ますます面白くなってきましたよ。ワクワク
投稿 こむぎママ | 2008年3月26日 (水) 12時10分
サク婆、泣かせました。こんな話があったなんて、深い、と思いました。
生垣まで作ったのに、陽ちゃんは25年も娘と二人。
そんな状況もうるっときました。
これから、どうなるんでしょうか。
ハッピーエンドだと思っております。
投稿 かなりん | 2008年3月26日 (水) 14時47分
コメントありがとうございます。
サク婆と、月ちゃん母娘、 お互いなくてはならない
結びつきのようです。
また、続きをのぞきにいらしてくださいね。
投稿 咲乃月音 | 2008年3月26日 (水) 17時04分