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#19 一日延ばしに

後片付けはすると言うたけど、俺、他に仕事ないからと頑として譲れへん捨て男に負ける。
そう言うたら、あたしも仕事ないねんけど。
いつもの朝風呂に向かいながら、もやもやした気分になる。

仕事もせず、家のこともする人がでてきて、あたしはここで何をしてるんやろうという罪悪感のような、取り残され感のような。
あたしは捨て男のことほとんど何にも知らんけど、平日にあたしが何をするでもなく家におることを、何にも聞いてけえへんってことは、あたしのことはオカンから聞いてるんやろうなぁ。

まだ服を脱いだら薄く鳥肌が立つような空気の中をあわててお風呂場に入ってゆく。
ハチも慌ててつづく。
浴槽に身をしずめると、しゅうううううと色んな力がぬけていく。
水にとけていくんか、水があたしをとけさせるんか。

お湯の中で手のひらを握ったり、開いたり。
自分の身体がお湯を通して別の形みたいに見える。

閉ざされた空間で自分の好きなもん、都合のええもんだけに囲まれてすぎていく毎日。
それもいつかは終わらせなあかんとわかってんのに、一日延ばしにしてるあたし。

一年前までは働いてた。
毎朝7時におきて、8時5分の地下鉄で毎日会社に通うてた。

仕事中は厳しいけど、面倒見のええ先輩たちと、普段はおっとりしてそうに見えんのに、ここぞという時には目を見張るほどの統率力を発揮する上司とに囲まれて、同じように新卒で他の会社に就職した同級生が職場の愚痴を言うのを聞く度に、ああ、あたしは恵まれた職場に就職できてんなと思うてた。

そう、あの人が来るまでは。

その人は東京の本社から単身赴任してきた。
はじめましてと挨拶された時は、えらい線の細い人やなぁという印象しかなかった。
関西に住むのは初めてやというその人は、いつまでたっても大阪の空気には慣れへんみたいで、水を吸いあげる力のない観葉植物のように、日に日にしおれていくようやった。

何の気ない親切心のつもりやった。
仕事は終わったもんの、自分の帰る道がわからんで途方にくれてる子供のような顔をしたその人を誘って、会社の近くのたこ焼きを食べにいった。

道端にワゴンが3台並んでる。
一番左のワゴンには『日本一のたこ焼き』
真ん中のワゴンには『世界一のたこ焼き』
一番右のワゴンには『宇宙一のたこ焼き』
と看板がかかってる冗談のような光景。

「さぁ、日本一か、世界一か、宇宙一か、どれにします?」
とあたしが聞いたら、その人の生気のなかった顔にようやっと笑顔が浮かんだ。
大阪っておもしろいねぇ
と聞きとれんぐらいの小さい声でつぶやきはった。

ハフハフと道端で一緒にたこ焼きをほおばりながら、会話らしい会話はせえへんかったけど、美味しそうにたこ焼きを食べてる姿に、よかったなぁと思うた。

その先に起こることを知りもせんかったから。


次の日、終業時間間際、今度はその人があたしのデスクの横に立った。
今日もたこ焼き食べに行きませんかと誘われた。
昨日の今日でちょっと面食らったけど、その日はもう予定があったんで、そう言うて断った。
そうですかと言うたその人の目に白いもんがチカッと見えた気がした。

その次の日は、お昼を過ぎたころには、その人がデスクの横にきた。
今日はどうですかと言う目には、断ったら何かが壊れてしまいそうな光があった。
断れ切れずにその日また、並んでたこ焼きを食べた。

最初に食べた時のように特に会話もないのは同じやのに、何でか落ち着かん。
早く食べ終わってこの場を離れたいと、口の中やけどしそうになりながら、たこ焼きをほおばった。
そんなあたしにその人は、今度はたこ焼きじゃなくて、ゆっくり食事できるところにでも行きたいなと、じっとあたしを見た。

湿度のあるその視線に、自分が何か大きな間違いをしてしまったんではと首の後ろの毛が逆立った。
それでも会社の人やし、単身赴任やけど奥さんもいてはるんやし、別に深い意味はないと自分に言い聞かせた。

でも、それはやっぱり間違いやったみたい。
次の日から、毎日のように誘われるようになった。
隣に座る先輩も、最初の頃は、もててしゃあないねえと、笑うてはったけど、そのうち、その人があたしのデスクに近づいてくるのを見たら、不機嫌な横顔で、席を外しはるようになった。

会社のロッカー室で

「たこ焼き2回一緒に食べたくらいで、あんなにつきまとわれるかなぁ。
なんかあったに違いないよなぁ。」

と、その先輩が言うてはんのを耳にしてしもたんは、それから何日もたたんうちやった。
どうしたらええんやろか。
胸の中にじくじくと悩みがたまっていった。

次の日、いつものようにデスクに来たその人に、ちょっと大きすぎるほどの声で言うた。
迷惑なんで誘わないでください。
私、お付き合いしてる人もいるんです。

言われたその人の目に、前に見た白い光が今度はチカッと大きく灯るんが見えた。
足がガクガクした。
でも、これでもう大丈夫やと思うた。

しばらくは平和やった。
その人が誘うてくることもなくなった。
デスクに向かう相変わらず生気のないその人の背中を見ると、ちょっと胸が痛んだけど。
知らんかったから、その白い光がメラメラと凶暴な音を立てて燃えあがろうとしてんのを。

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ココログ小説」カテゴリの記事

コメント

え。
なんか、意外な展開。どきどきしてきた。

進めば進むほど、はまって行く感じの小説や。
サイン、本とTシャツと色紙にさらさらやのうて、
ちゃんと『殿下さんへ。』とプラス愛のこもったメッセージも入れてな(笑)

書店に並んだら、泣いてしまうわ、私。

投稿: 殿下 | 2008年3月28日 (金) 16時31分

何?気味悪い!なんか怖いよその人!
事件の臭いがする!!!
月ちゃん大丈夫かなぁ…。
なんて思いながら続きが気になります。

投稿: Bikkyママ | 2008年3月29日 (土) 16時09分

な、なんなん?この展開。。。
推理小説大好きの私は、次回まで妄想し続けます。^^

投稿: まりかず | 2008年3月29日 (土) 21時09分

そういや、月ちゃんの性格は掴んできたけど、
何してはるんか、全く描かれてなかったもんな!
ふむ、凶暴性か・・・ただならぬ展開が待ち受ける・・・
いや、ほんまブログ小説として群を抜いてたと賞の審査員コメントにあったけど
毎回毎回、後を引く展開の構成には天晴れ★ですわ。

投稿: luna | 2008年3月29日 (土) 22時55分

コメントありがとうございます。

月ちゃんに起きた事件が次回、明らかに。

またお立ち寄りいただけたら嬉しいです。

投稿: 咲乃月音 | 2008年3月31日 (月) 14時33分

月ちゃんの会社で起こったこと、どうなるんでしょう。
いっつも、コメントが遅い私。
そして、なんでもできる咲乃月音先生。うらやましすぎます。

投稿: かなりん | 2008年3月31日 (月) 16時10分

コメントありがとうございます。

月ちゃんの今後を見守ってあげてくださいね。

また覗きにきてくださいませ。

投稿: 咲乃月音 | 2008年4月 2日 (水) 17時34分

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