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#20 もう痛くないはずやのに

ある晩、いつもの駅から自転車での帰り道。
まだ、そんなに遅い時間でもなかったけど、冬の夜は暮れるんが早い。
自然と自転車をこぐ足も早まる。
家からほんの10メーターも離れてない曲がり角の電信柱の陰にぼうっと浮きあがる人影が見えた。
本能的に危険を察したんか、ブレーキを両手で引き絞り、きびすを返そうとしたんと、その人影が踊りかかってきたんは同時やった。

何がおこったんかわからんかった。

自転車ごと、すごい音を出して倒れ、ひざのあたりに激痛が走った。
痛いという声をあげるひまもなく、今度は頭に顔に衝撃が走る。
会社のその人が馬乗りになって、すごい勢いであたしを殴りつけてるのが、よけようと顔の前でばってんにした両手ごしに見える。

「バカにしやがって。バカにしやがって。」

とわめく声が唾液と共にふってくる。

永遠のような時間に思えたけど、通りかかった人と、そのすぐ前の家の人らがその人を羽交い絞めにして止めてくれるまでは、ほんの僅かの間やったらしい。
それでも、あたしの顔は西瓜みたいにまだらに腫れ上がり、ひざの横の傷は10針も縫うた。

オカンもサク婆も傷害事件どころか殺人未遂やと息まいたけど、会社の上司が、慣れへん土地でのノイローゼからやったことやから、どうか穏便にすませてくれてと土下座せんばかりに頼んできた。
ただただ、もうこの振ってわいた災難のようなことを、ちょっとでも早うぬぐってしまいたかったあたしは、上司の言うことに疲れたように頷いた。

その人自身は、あたしの方からつきあえとしつこく迫ったとか、その人の奥さんにあたしが無言電話してたとか(電話番号も知らんのに)というような事を言うてると、お見舞いに来てくれはった先輩が教えてくれた。

結局、その人は十日間ほど謹慎になったけど、もう会社に戻ってきてるらしい。
あたしは・・・結局会社には戻られへんかった。

顔の腫れも引き、膝の包帯が絆創膏に変わり、明日から出社しますと上司に電話した。
もう出てくんの?
ゆっくりしてたらええのに
と、上司の声がちょっとうろたえて聞こえた。

大丈夫です。
行きます
と、キッパリ応えて電話を切った自分やったのに、その日は眠られへんかった。

朝、会社に行く用意をして家を出る。
あたしより、いつもは早く出るオカンが、その日は駅まで一緒に行こうと待ってた。

歩いて一緒に駅に向かった。
駅に近づいてくとともに耳鳴りがしてきた。
暑くもないのに汗が背中をダラダラ伝う感触。
いよいよ駅の階段を上るとこに来て、吐き気がして、しゃがみこんだ。
そこからしばらく動かれへんかった。

最初は頭を殴られた後遺症かと思うた。
でも家に戻ると何事もなかったように不快感はなくなる。

これなら明日は大丈夫とまた出かけていくけど、やっぱり道の途中まで来ると頭がこわれるような耳鳴りに襲われる。
それは一日置いても、二日置いても、変わらんかった。
会社にはもう行かれへんと自分で悟るまで長くはかからんかった。
事情を伝えた上司はものすごく気の毒がったが、あたしが辞めると言うのんを聞いて、どこかほっとしたようでもあった。

辞職願いはオカンが届けに行った。

あれからもう一年になるんや。
会社に行くんやないとわかってても、まだ駅の周りに行くと吐き気がする。
遠回りになっても、あの人が隠れてた電信柱のある道は、通らんようになった。

ひざの傷はひからびたミミズがはりついてるような形でまだ残ってる。
お風呂に入ってると、そこからプクプクあぶくが出てるように見えたりする。
もう痛くないはずやのに、さわるとヒリヒリするような気がする。
指でなぞると、自分の皮膚ではないような妙な感触。

湯気に包まれ、目をつむる。
お風呂と一緒や。
どんなに気持ちようても、つかりすぎたら、ふやけてまう。
心も身体も。
もうちょっと、もうちょっとと、ゆるゆるとしたお湯にひたってるような毎日。
ほんまに、もうそろそろキリをみつけんと。

水が作った角度の加減で、宇宙人みたいに見えるお湯の中の自分の指を動かしながら、そんなことを思う。
お風呂場でする考えごとは、あわくて、昇っては消えてく湯気のよう。
思うたそばから実態がないことのように思えてくる。

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コメント

恐い!恐すぎるよ!
でもそういう人が実際にいて
よく似たような事件がニュースにもあったりして
一瞬小説だというのを忘れ
読んでてドキドキしました。
月ちゃん恐かったね。
体の傷は治っても心の傷は深い…。
なんかその犯人が普通に仕事してる事が許せなくなってきたわ!

投稿: Bikkyママ | 2008年3月31日 (月) 16時20分

そういうトラウマから、実際どうやって抜け出したらええのんやろかと考えてしまいました。小説とはいえ現実にありそうなことですもの。
月ちゃん、頑張れ~

投稿: まりかず | 2008年3月31日 (月) 18時38分

ぇっ?こんな展開に…。月水金の夕方は
更新が気になって仕事がはかどりません。苦笑。

投稿: ayaPod | 2008年3月31日 (月) 20時43分

なんだかなぁ・・。この男の人って、とっても今時ですよね。しかも男の人って、男の人をかばいますよね。なんでなんでってなんでが頭の中でぐるぐる回ります。うーん・・。

投稿: kaoru | 2008年4月 1日 (火) 08時21分

こわ~いっ…。
でも、サク婆とおかんの過去、月ちゃんの過去…だんだん話が深~くなってきて
ますます面白くなってきました!
本でたら、普通に買ってると思います!

投稿: じゅんじゅん | 2008年4月 1日 (火) 21時39分

コメントありがとうございます。

心の傷はなおったかどうかも、外からはわからないですもんね。

月ちゃんは強く前にすすんでくれるはずと、私も信じます。

またお立ち寄りくださいね。

投稿: 咲乃月音 | 2008年4月 2日 (水) 14時24分

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