#9 ふたりっきりの家族
オカンの両親、つまり、あたしのおじいちゃんとおばあちゃんは、オカンが17の時に死んだ。
結婚20年の記念にふたりで旅行にいった帰り、居眠り運転のダンプにつっこまれた。
即死やった。
遺体の確認も、怖いほど何もかもが、あっと言う間に整うたお葬式も、棺に爪が食い込むほどしがみついて泣き叫ぶ自分も、信じられへんもう一人のオカンがおった。
何かのひょうしに自分はどっか間違えた世界に入りこんでしもうただけで、ほんまの世界では、とうの昔に二人とも家にもどってきてて、ああ、家がやっぱり、一番やなぁって言うおばあちゃんに、旅行に連れて行った甲斐ないなってぼやくおじいちゃん、お土産のお饅頭を食べながら、それを見て笑うオカン、そんな三人が生活してるんとちゃうやろかって。
ほんまの世界にしろ、うその世界にしろ、ひとりっきりになってしもたオカン。
あんたのお父さんと出会ってな、これからは一人やない。
お父さんと二人で生きていくんやって思うたのに、あっと言う間にまた、ひとり。
もう、どんなついてないんかと思うたわ。
でもな、
うまい事できてるなぁ、人生って。
神さんがあんたを授けてくれてはった。
もう何回聞いたかわかれへんオカンの言葉。
ふたりっきりの家族のあたしとオカンは、一ミリの隙もないほど仲がよかった。
お父さんというもんがいてなくて淋しいと思う心の入る隙もないほどに。
シングルマザーなんて言葉もない時代に、自分ひとりであたしを産もうっていうのは、どんな大きな決心やったんやろう。
ちょうど、その頃のオカンと同じ年頃になったあたしは思うてみるけど、思いの深さの淵は見えても、その底には手が届かん。
つらい事もたくさんあったはずやろうに、オカンは笑うてたな、いつも、いつでも。
細く開けた風呂場の窓から湯気が逃げてくのが見える。
両手で耳をかっぽり包んで、ぶくぶくと湯船に沈んで目を閉じる。
耳の奥でしぅぅぅぅぅぅとかすかに流れる水の音がする。
オカンのお腹の中はこんな風やったんかもしれん。
いつもやったらバスタオル一丁で風呂からあがるけど、もしやまだ捨て男がおるかもしれん。
まだ湯気が立つ身体でTシャツに腕をとおす。
湯気なのか汗なんか湿り気がうっすらTシャツににじむ。
湯気でくもった洗面台の鏡をきゅっきゅっと手で丸く拭く。
風呂上りのこの鏡に映る自分の顔が一番好き。
柔らかい顔してるから。
真っ黒のまっすぐな髪。
目尻がちょっと切れ上がった一重の目。
うすい唇。
普段はオカンに似てるってめったに言われへんあたしの顔もちょっとほどけて見える。
今日は天気ええけど、やっぱり、ちょっと寒いんかな。
素足のまま廊下に出たら、お風呂でぬくぬくになった足から、どんどん熱が逃げてく。
おお、早う部屋に戻って靴下はかなと階段を上がりかけ、やっぱり気になって、暖簾を持ち上げ、玄関をのぞく。
捨て男の白ワニもサク婆のつっかけも消えてた。
ふうううん、みんな帰ったんや。
しんと静まりかえってる。
オカンもどっか出かけたんやろか?
気配がない。
とりあえず靴下はかな。
足が冷えきってまう前に。
トントンと階段をのぼる。
ハチだけが台所に入っていった。
水飲みに。
せやからハチは見たはず。
まだ縁側にひとり座るオカンを。
両手で自分の肩をだいて、身体をゆらし、息を殺して泣いてるオカンを。
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コメント
ええ~~~、どうなるんですか、この後!
オカンのこれからはどうなるんでしょうか。
オカンは結婚して幸せになって、それともまだまだ複雑に展開していくのでしょうか。
オカンの生い立ちがつらかったです。
月ちゃんのオカンも幸せになってほしいです~~。
投稿 かなりん | 2008年3月 5日 (水) 17時54分
陽気なキャラとして登場したオカンには、とても辛く悲しい過去があったのですね。
なぜオカンが泣いているのか、気になります。
投稿 神戸のかものはし | 2008年3月 5日 (水) 18時00分
自分の人生を犠牲にして月ちゃんのためにつっぱして来たオカン。
そのオカンに今度は女の幸せを味わってもらいたいですね。
そんな気持ちとは裏腹に、神の悪戯が... つづきが楽しみです!
投稿 京子 | 2008年3月 5日 (水) 23時18分
縁側で声を殺して泣いてたの~?何思い出したの?
サク婆と何話したの?せつないなぁ、オカン。
普段明るく振舞ってるけど本当に今まで苦労してきたんだね~。
なんかジーンとしました。ヨシ!私はこれからオカンを応援するよ!
みんなに祝福され幸せに研ちゃんと結婚でました・・・チャンチャン!
なんて簡単なお話しで終わったら小説にならないかぁ。。。
今後の展開も見逃せんね。オカン、応援するよ~。
投稿 Bikkyママ | 2008年3月 6日 (木) 09時49分
おかん、泣いてたの?
おかんさんがご両親を亡くしたことで月さんとの密着度が深いってことの意味。
よく分かったわ。
辛いのに明るいおかんさん。
そのおかんさんがが泣いてるって!!
気になるぅ。
投稿 こむぎママ | 2008年3月 6日 (木) 12時33分
「出たっきり邦人アジア編」でいつも楽しましてもろてます。うっかりしてる間に連載始まってたとは! やっぱりええなぁ、引き込まれますー。一気読みしたらえらいええとこで切れてしもうて・・・(~_~;) 忘れずにまた読みに来ますねー。
投稿 長男との受験バトルが幸福な結末を迎えたばかりのFS | 2008年3月 7日 (金) 11時32分
コメントありがとうございます。
辛いことがあったからこそ、優しい笑顔になれる。
自分もそういう人間になれればなあという
気持ちもこめて、このお話しを書きました。
またお立ち寄りくだされば嬉しいです。
投稿 咲乃月音 | 2008年3月 7日 (金) 14時30分
オカンは強い女性ですね。 旦那を失い、父母までも 辛い人生なのだが
明るく生きていけるのは、月ちゃんがいたから (#^.^#) 良かった~
又、ハチも家族の一員として頑張っている。
素晴らしい小説ですね、次が気になってきます。
月音さん 何時読んでも楽しい この小説楽しみにしています。
頑張って下さい。
投稿 ウミネコ | 2008年6月 7日 (土) 17時09分
出来たら幸せに終わって欲しかった。
・・・・近くに似た人が居たからです。
何で何でと言うくらいに涙がにじみました。
どうして病気を卵巣がんにしたのですか?
出来れば生きる望みのある病気にして欲しかった。
残る人たち皆とても可哀相です。
特に捨男さんをそんなに不幸にしなくても
良かったのではないかと、
始めはこんなタイプ大嫌い
たまたま14歳も上の働き者の助産婦さんを見つけて
其処に入り込み彼女がしっかりと溜めた
お金を使い果たした男が元板前さんだったのです。
その彼と捨男が一緒になって今に皆が不幸になると
ひやひやしながら読んでいました。
どうしてこんなに辛く悲しい最後にしたのかと
ハッピーエンドでも良かったのではないかと・・・・
御免なさい。
投稿 ユク子 | 2008年6月 8日 (日) 16時36分