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#22 サク婆のお好み焼き

家にもどったら、玄関の格子んとこにメモがはさんであった。
広げたらサク婆の字で一言。

「お好み」
 
あ、そうやった。
お好み焼きやったわ。
時計を見たら、もう1時すぎ。急いで電話。

最初は忘れてしもてたんかいなっ
と、プリプリの声やったサク婆やけど、事情を説明したら、
そら、えらいことやったな、
あんたらもお腹空いたやろ、
今から持ってったるわ
と電話が切れた。

サク婆のお好みを思うたらお腹がぐうと鳴る。
しかし、あたしも捨て男もひどい格好や。
あたしは結局、パジャマのジャージのままやし。
捨て男はまたしても、あちこちがシミだらけになった赤シャツ。
リーゼントも、何かもどしすぎのワカメみたいにダラーンとなってしもてるし。

「シャワーでも浴びてきたら。
サク婆来んのに、その格好やったら、二回戦もぼろ負けすんで。」 

あれ?
あたし、サク婆に捨て男のこと気にいってほしいんかな?

自分の格好をしげしげと見下ろして、捨て男も笑う。

「ほんま、わやくちゃやな。」

ほな、さっと風呂浴びさせてもらうわと、捨て男がタオルを手に風呂場に向かう。
ババンバ、バンバンバンと歌う声が廊下の向こうに消えてく。
その後をハチがあわてて追いかける。

え?
今までお供すんのは、あたしのお風呂だけやったのに。
ちょっとムッとしかけたけど。
さっきのハチにしゃべりかける捨て男の声が耳にまだ残ってる。

ま、ええか。 
一応、命の恩人やしな。

あたしも着替えだけでもしょう。
獣医さんに行くまでに入ってた力をほぐすように、首ぽきぽき言わせて階段をのぼった。

かつブシがゆうらゆうら踊ってる。
生きてるみたい。
うちのオカンは、踊り食いやぁぁぁ。
活きのええうちに食べなあ
というような冗談をよう言うて、ちいちゃい頃のあたしを、無駄にびびらせた。
そのトラウマか、あたしは今でもかつブシがのせられるやいなや、すごい勢いでソースとぐるぐるとかき回して、踊り食いを見んでもええようにしてしまう、いらちに輪をかけたような癖が出来てしもた。

それにしても、サク婆のお好み焼きはやっぱり絶品。
これって大阪のどこの家もそう思うてるんやろけど、うちのお好みは天下一品やってさ。
何ちゅうても基本の豚玉。
表面の豚はカリッとしててんのに、コテをお好みに入れたら、中はとろりとしてハフハフ。
そこに、しんなり温まったキャベツが一緒になって、口の中に広がる至福のハーモニー。

大阪人に生まれてきてよかったと思うひと時。
あたしが焼くとこうはいかへんのよね。
見かけもこういう風にぽってりやのうて、ドッテリとなってしもたり。
タネも、変にキャベツから水が出てしもてシャバシャバやったり、メリケン粉いれすぎてゴロゴロやったり。
たかがお好み焼き、されどお好み焼き。
大阪人というたらお好み焼きといわれるけど、これはDNAやのうて体験学習。
大阪に生まれたからというて、最初っから上手にお好みが焼けるわけやない。
天下一品となるまでは大阪人といえど、修行がいるねん。

サク婆のお好み焼き食べんのが初めての捨て男は、ひと口食べて、うううんと唸ってた。
これはタネの味つけに何使うてはるんやろとかいう、質問とも独り言ともつかんことをぶつぶつ言うてる。
こういうのん見ると、元板さんと言うんはほんまやってんなぁと思う。
(実はまだ、だいぶ疑うてた。)

しかし、サク婆が来るから風呂入るって言うから、まともな格好かなと思いきや、またもや赤シャツにリーゼントの捨て男。
そら、シャツも頭もさっきと違うてビシッとしてるけどさ・・・

「あんた、板さんやってんてな。」

今日もしみ一つないサク婆のパリッと白い割烹着の背筋はシャンと伸び、捨て男をじいっと吟味するように見つめる目。
ナギナタでも持たせたらエイヤッと切りつけられそう。
なんかあたしまで緊張する。
当の捨て男はとチラッとうかがう。

「はい、もうだいぶ前ですけど。」 

と答える捨て男は、しっかりサク婆の視線を受け止めてる。

「ほんで、何でまた、家政婦に職変えしたんや。」

「まぁ、それは色々ありまして。」

「色々って何や? 」

サク婆の追求はゆるまん。

「あれ?
陽子さんから、聞いてはりませんか?」
 
「聞いてるも何も、あんたと付き合うてることも知らんかったがな。」

何か、聞いたことある会話の流れ。
あたしも今朝、同じようなことをきいて、同じような返事されたかも。
自分のこと聞いてなかったんは、捨て男もわかってるやろうし。
これって、話しをかわそうとしてるんよね、きっと。
やっぱり聞かれたないことなんや、板前さんを辞めたそのあたりの事情。

「あたしも、全然知らんかったもん。捨て男のこと。」

横から思わず口をはさむ。
これってあたし、助け舟出そうとしてる?

「何や、その捨て男って。」

サク婆の眉毛の片方がぴくっとあがる。

「オカンが言うてんもん。拾てきたって。捨て男やって。」

「ほんまに、あの娘は。」 

呆れたように言いながらも、サク婆の口元は笑ってる。
オカンらしいと思てるんやろな。
オカンが突拍子もないことをするたんびに、怒りながらも、ほんまにこの娘はしゃあないなあと言う溜息まじりの笑いで最後は落ち着いてしまう。

サク婆はこわいけど、実はこのしゃあないなあと言うのんを聞くのは好き。
オカンとあたしの、ええとこも悪いとこも全部ひっくるめて、どおんとサク婆が包んでくれるようで。

「ちなみに僕、ええ拾いもんやと思いますよ。」 

と捨て男がえへへと笑う。
ううん、助け舟が波にのったみたい。

「働きもんやし、料理もできるし、見ての通りのええ男でしょ。
(またヌケヌケと。助け舟なんかいらんかったかな。)
何より、陽子さんのこと真剣に思てますし。」

捨て男の口元が引き締まる。
へぇ、こんな真面目な顔もできるんや。

「僕、ここ何年かずうっとインケツ踏みまくりのドツボみたいな人生やったんで、陽子さんとのことは、神さんがくれはったご褒美のような気がするんです。
もうこれで、一生分の運、使いはたしたかもしれへんなってぐらい。
でも、ええんです。
陽子さんは僕にとって、運全部使うてしもても全然惜しないぐらいの人なんです。」

切々とした誰かへの恋心を聞かされるというのは、結構めっちゃ恥ずかしい。
ひゅうと口笛をふいてごまかしたなるような。
それがまた自分のオカンへの愛の告白となれば、なおさら。

手元のお皿のお好みの残骸の紅しょうがを、箸の先で意味もなくチョイチョイとつつく。
聞いててええんかいなという心地。
でも、落ち着かんながらも、心の中に広がるぬくい気持ち。
あたしが好きなオカンをこんな風に思ってくれる人。

捨て男のひと言ひと言を、聞きこぼさんようにとでもいうように、じいっと耳かたむけてたサク婆やったけど

「ふうん。ま、ええわ。
ええ男ってとこ以外はみとめたろ。」

とニヤリと笑うた。

捨て男の肩がふうっと少し下がる。
へえ、ちょっとは緊張してたんや。

まあ、あたしら母娘の保護者のようなサク婆。
オカンと一緒になろうというんやったら、そら、あたし以上の難関やもんね。

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コメント

お好み焼き美味しそう。。。

ハフハフ

投稿: のんちゃん | 2008年4月 4日 (金) 20時30分

『サク婆のお好み焼き』って
なんだかそういう名前をつけて売れそうな感じですよね。
美味しそう!明日のお昼はお好みにしようかなぁ?
サク婆はオカンと月ちゃんの保護者みたいなもんだもんね。
まずは捨て男さん、一歩前進ってとこでしょうか?

投稿: Bikkyママ | 2008年4月 4日 (金) 20時43分

名古屋だったら、きしめんのかつおぶしがゆらゆら・・・・・。
月音さん、食べ物描写は天下一品!!!!
臨月に作ってもらったお好み焼きは、私にとっても天下一品だったな~

投稿: ジャスミン | 2008年4月 5日 (土) 00時24分

さく婆良いね。
いいところも悪いところもすっぽり包んでくれる人が居てくれるって本当にありがたいと思うの。
最近の若い子が逃げ道が無いのが可愛そうと思う。
お好み焼きが食べたくなるシーンでした。笑

投稿: こむぎママ | 2008年4月 5日 (土) 00時34分

コメントありがとうございます。

お好み、私も大好きです。 

昨日の晩もちなみにお好みでした(笑)

またお立ち寄りくださいね。

投稿: 咲乃月音 | 2008年4月 9日 (水) 13時59分

わやくちゃっていう言葉にシビレました。
大阪弁て綺麗やなあって、この小説読むとつくづく感じます。
小説の中にお月さんが漂ってるみたいな綺麗な大阪弁やなあって思います。

ハチが可愛いですね。いつもしっぽブンブンふって。
動物って真っ直ぐだからいとしいですよね。

投稿: みーちゃん | 2008年4月15日 (火) 00時45分

コメントありがとうございます。

大阪弁をそんな風に感じていただけたら嬉しいです。

またお立ち寄りくださいね。

投稿: 咲乃月音 | 2008年4月16日 (水) 15時44分

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