« #20 もう痛くないはずやのに | トップページ | #22 サク婆のお好み焼き »

#21 ハチが、ハチが、ハチが

自分のたてるトプンという水の音以外、しんとしたお風呂場。
洗い場のハチに目をやる。
さっきまでチョコンとお座りしてたのに、伏せみたいな格好でうずくまってる。
何かがきしむような音。

何の音?
これはハチのうなってる声?

捨て男の具合悪そうやったでと言う言葉が頭に浮かぶ。

ハチ、どうしたん?
大丈夫?
と手をのばす。

頭に手をふれるかふれへんかで、ギャオンオンとすごい声でないた。
ブルブル震えるその身体。

たいへんや。これは、たいへんや。
ハチがどないかなってもうてる。
風呂場をとびでる。

ろくに拭きもしてへん身体に急いで着ようとする服がはりつく。
ハチはまだうずくまったまま。
抱きかかえようとするけど、ギャオンオンオンとすごい声でなく。

脱衣所の戸の向こうから、焦った捨て男の声。

「月ちゃん、大丈夫か。どないしたん?」

「ハチが、ハチが、ハチが」

と言うだけで涙がぼろぼろ出てきてしまう。

服着たか?
開けてもええか?
開けるでっ
とあたしの返事もろくろく待たずに捨て男が戸を開ける。

ハチが、ハチが、ハチがと要領を得んあたしを押しのけて、捨て男がバスタオルでハチをくるんで抱きあげる。
ギャオオオオオオンという鳴き声と一緒に。

獣医さんに向かうタクシーの中、ごめんごめんごめんごめんごめんと、どうしょうどうしょうどうしょうどうしょうと、もしももしももしももしもの悪い言葉ばっかりが頭の中をぐるぐる廻って、あたしを打ちのめす。

捨て男が気づいたハチの異常を、どうやったら見逃せたんか、あたし。
ハチがハチがと、いっつも言うてるくせに。

思わず膝の上で手を組む。
犬の神様、もしいてはったら、お願いですから、ハチを助けたってください。

捨て男の腕の中のハチはちいさく震えてる。
視線が不安そうにうろうろ動いてる。
タオルからはみだしたお尻尾はダランと垂れて動けへん。

10分ほどの道のりがとてつもなく長く思えた。
ハチに何かあったら・・・
何かあったら自分はどうなってしまうやろう。

足元から這い登ってくる心もとなさ。
底の見えへん黒々とした大きな穴のふちに立たされてしもたみたいな。

「尿道結石ですね。」

「ニョウドウケッセキ? 」
「まあ言うたら、おチンチンが石でつまってしもたんですねえ。」

ハチを拾て来たときから、かかりつけの獣医さん。
広いおでこに皺二本。
その皺がしゃべるたんびに動く。

「もう多分、二日ぐらいオシッコ、ちゃんと出てへんと思いますよ。
このたまりようを見たら。」

二日も?
全然気づかへんかった自分が情けない。

ごめんな、ごめんなハチ。

お医者さんが苦手で診察台の上でオロオロした目のハチの頭をぐりぐり撫でる。
あたしの手に鼻を押し付けてフンフンとならす。

「大丈夫。
今はもうオシッコだしましたから、ハチ君、すっきり、天国やと思いますよ。
石も多分、ほとんど一緒に出たはずですし。
尿毒症にもなってないみたいですし、抗生物質しっかりのませて、一週間様子みて、また連れてきたげてください。」

看護士さんのお大事にという声に送られて、ハチを抱いて診察室を出る。

ほっとため息。
横の捨て男の肩からも力がぬけるんがわかる。
ハチはさっきまでのぐったりが嘘みたいにバスタオルから出たお尻尾をぶんぶん振ってる。

腕にぴしぴし当たって痛いやん。
痛いけど嬉しい。
元気がでてきた証拠やもん。

帰りのタクシー。
ほっとした途端、激しく襲ってくる自己嫌悪。
何でもっと早う気づいてやれへんかってんやろう。
どんなにしんどかったことか。
一番近くにおって、一番大切にしてると思うてたのに。
こんなギリギリまで気がつかんと。
あたしなんて飼い主失格や。

考えはじめると、どんどん気持ちがへこむ。
ごめんな、ごめんなと心の中で何べんも言いながら、ハチのおでこを撫でる。
失うたかもしれん、このあったかさ。

「良かったなぁ、たいそうなことにならんで。」

横の捨て男がしみじみ言う。
うん、ほんまに
と、返事したあたしの曇った声。

「どないしたん、元気ないやん。
今度は月ちゃんが石つまったような顔して。」

いつものようにニカッと笑う捨て男をぼんやり見る。
あたしの曖昧な視線を、捨て男がしっかり掴まえる。

「月ちゃん、自分のこと、あんまり責めたらあかんで。」

え?
 
「何で、気づいてやられへんかったんやろ。
何で、何で、何でって今、思うてたんとちゃう?」

うつむくように、頷くあたし。

「あんな、月ちゃん。
こんだけ心配してもうて、こんだけ泣いてくれる家族がおって、ハチはめっちゃ幸せもんやで。」

「ほんでも、気いついてあげられへんかったもん。
具合の悪いのん。
言葉が通じへんぶん、あたしが気いつけてあげなあかんかったのに。」

「ほんだら、これから気いつけてあげたら、ええやん。」

あっさり言う捨て男。
そら、そうやけどさ。

「できへんかったことをいつまでもグジグジ思うてもしゃあないやん。
それに、こいつ、無事やったんやし。」

それもそうやけど。

「だいたい、痛い思いしたんはハチやで。
月ちゃんばっかり、しけた顔しててどないすんねん。
ハチかて心配すんで。
そないにメソメソしとったら。」

そやで、ねえちゃん、
どないしたん?
と言うように、あたしを見上げるハチ。

いつもと変わらへんその一途な目。
もつれてた気持ちが、シンプルにほどけてくのがわかる。

良かったなぁ、おまえ、
もう、どもないか?
おチンチンつまったままやったら偉いことやったなぁ
とハチのおでこに手をのばす捨て男。

「長生きしてくれよ。
俺な、もういややねん。
人間でも動物でも、死なれんのんわ。」
と、それはハチに言うてんのか、独り言なんか。

結構まじめな目でそういう捨て男の言葉をわかってるんか、わかってないんか、気持ちよさそうに、あたしの腕の中でハチは目を細めてた。

|

« #20 もう痛くないはずやのに | トップページ | #22 サク婆のお好み焼き »

ココログ小説」カテゴリの記事

コメント

びっくりした!!
ハチがどうかなったのかとすごく心配したわ。
痛かったんやね。
月ちゃんの言葉の話せない動物への思いが心を締め付けたわ。
たいしたことなくて本当によかった。
捨て男の言葉もなんか悔しいけど納得やね。

投稿: こむぎママ | 2008年4月 2日 (水) 13時20分

タイトルを見ただけでドキドキしました!
読むスピードも上がってきました!
ハチがどうにかなったらどうしようと思いました!
小説の中だとわかっててもたいしたことなくて安心しました。
本当ハチ良かったよぉ〜

投稿: Bikkyママ | 2008年4月 3日 (木) 13時34分

コメントありがとうございます。

本当に飼っている動物が元気でいてくれるのが一番ですよね。

ハチも無事でよかったです。

また続きを見にお立ち寄りいただけたら嬉しいです。

投稿: 咲乃月音 | 2008年4月 4日 (金) 15時23分

泣けました。月ちゃんの気持ちと捨て男のやさしさが。
いいですね。

投稿: かなりん | 2008年4月 7日 (月) 13時52分

コメントありがとうございます。

動物に優しい人っていいなぁと私も思います。

また続きを覗きにいらしてくださいね。

投稿: 咲乃月音 | 2008年4月 9日 (水) 13時58分

本買いましたよォォ♪
おこづかいが残り1000円というわずかなお金でしたが、本が欲しいなと思った私は本屋さんに行きました。そしたら・・・『オカンの嫁入り』発見!!!!
まず私が最初に思ったのは、表紙がかわいい。で、どんなお話なんだろうって後ろを見たら、これまたすぐにハマっちゃいそうなお話。
・・・ということで、『オカンの嫁入り』GETしちゃいました!!!!
学校の朝読書の時間に読んでいるのですが、今ちょうどこの辺の内容を読んでます♪捨て男に対する月ちゃんの気持ちがだんだん変化していくところがとてもおもしろいです。サク婆もこの辺を読んでみたら「何かいい人だな」って思いました。最後までこのお話を楽しませてもらおうと思います♪
またぜひ、心を動かされるような、ゆったりと読める本を書いていって下さいね。
応援してます( ・∀・)ノではまた♪**see you again**

投稿: 茉莉 | 2008年6月14日 (土) 13時36分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« #20 もう痛くないはずやのに | トップページ | #22 サク婆のお好み焼き »