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#32 おばあはん

生まれて初めてで、多分最後のおじいはんからの手紙は中々最後まで読まれへんかったわ、何回読んでもババ泣きしてもうてなと話す捨て男の目は今も赤うなってる。
あたしも耳真っ赤にしてこらえようとしたけど、出てくる涙を止められへんかった。
こんな辛い話しをさせる権利があたしにあったんやろか。
ただ知りたいっていうだけで。

「ごめんな・・・辛いこと・・・話させて。」

あたしの途切れ途切れの湿った声が夜の中に消えてく。

「いや。いつかは話さなあかんって思うててん、俺も。」

月の光に白く照らされた捨て男の横顔。
オカンの横顔、捨て男の横顔。
色んな人の横顔を見る晩やなあと思う。

「それに、今日はおばあはんが背中押してくれたんかもしれん。」

と捨て男。

「おばあはん?」

「うん、家政婦してた先の。今日が初七日やねん。」

ああ、それでさっきお祈りしてたんか。

「おばあはんな、実はうちのおじいはんのコレやってん。」

小指を立てておかしそうな目をする捨て男。
ああこうやって、今までばらばらに見えたパズルの絵が、どんどんはまっていって、全部の絵が見えてくる。

「よう、うちの店にも来ててんわ。
結婚しょうかって話しもだいぶん前に出たみたいやけど、向こうはお金持ちの未亡人さんやったから、家族の大反対にあうてもうてなぁ。」

おばあさんが亡くなりはった時、慌てて捨て男を追い出したという家族のシルエットが黒く塗り潰されたようなイメージで頭に浮かぶ。

「まあ、それでも、そう言うときには口出しても、普段は電話の一本もないような家族やったから、おじいはんとの付き合いは、ばれてからも別段変われへんかってんけどな。」

男は強く、女子供を守るものというのが信条やった捨て男のおじいさんは、町金の取立て屋が正体を現してからすぐに、おばあさんに電話をした。
嘘の電話を。

骨折の退院祝いと留守中がんばってくれた研坊の慰安をかねて、一週間ほど温泉に行ってくると。
元旦以外、店を閉めたことのないおじいさんのその言葉に、ちょっとおかしいなと思うたおばあさんやったけど、いや、ついでに小百合にも会うてこようかと思うてと言葉を継いだおじいさん。
その居所もわからない娘にほんまに最後に会いたかった気持ちから出た嘘やったんかもねと、後でおばあさんが言うてはったらしい。

戻ったら電話するからと言ってたおじいさんやったけど、一週間が過ぎても連絡がない。
十日が過ぎ、しびれを切らして店に電話をかけても、捨て男の携帯にかけてもつながれへん。
あわてて店に行ってみたら、店の前には一枚の張り紙。

『閉店中』

開店中やなくて閉店中。
けったいな言葉。
それも見慣れたおじいさんの達筆やなく、チラシの裏のような紙にサインペンの殴り書きのような文字。
何かとんでもない事が起こったのをおばあさんは悟った。
店のご近所の戸を叩いて、ほんまにお気の毒にねえと眉を寄せる顔から、おじいさんの自殺未遂を耳にした時は、おばあさんもその場にヘナヘナとくずれてしもたらしい。

「病院でおばあはんに泣いて責められてなぁ。
何であたしに言うてくれへんのんって。
でも、おじいはん、俺と一緒でええ格好しいなとこあったしな。
惚れた人には格好悪いとこ見せたなかったんやと思うわ。
それに、おばあはん、変にお金持っとったからなぁ。
それをあの町金の連中に嗅ぎつけられてたら、おばあはんまでえらい事になってたかもしれん。
おじいはんはそれもわかってたんやと思うねん。」

ゆっくりと紡ぐように言葉を継ぐ捨て男の声をただただ黙って聞くあたし。

「風邪ひとつ引いたことない頑丈なおじいはんやってんけどな、認知症ってこわいな。
身体まで、どうやって丈夫になったらええんか忘れてまうんかな。
インフルエンザから肺炎こじらせて、あっと言う間におじいはん死んでしもたんや。」

また捨て男の指に力が入ったんか、缶がパコッとへこむ音。
缶を握る手に関節が白く浮いてる。

「おじいはんの葬式終わってな、その小さい骨壷抱いて、店に行ってみたんや。
ほんだらもうすっかり取り壊しが始まってて、入り口の枠なんかは取り外されとった。
はあ、プロはやっぱりすごいなあってな、また俺思うたわ。
電気のつけへん店の中に入ってな。
カウンターだけになった店見たら、ちいちゃい店やのに妙に広う見えてな。
隅にドロドロになった鉢巻が落ちてた。
それ拾て、気ぃついたら、靴脱いでカウンターにのぼって、梁にロープ回しててん俺。」

え、そんなと、思わず捨て男の首元に目がいく。

「って言うても、あんまり覚えてないねん。
ほんまに。
今思い出しても自分に起こったことやないみたいで。
俺あん時、身体半分、あっちに行きかけててんやろなぁ。
火葬場でいやあな暗い目して、碌に返事もせん俺見て、おばあはんが心配で後つけてきとったんや。
びっくりしたわ。
いきなり研ちゃんってすごい勢いでとびつかれてなあ。
おばあはん、どっから出てきたんやろって。
またすごい力でバシバシどつかれてなあ。」

今でもその痛みがあるように自分の頬をなでる捨て男。

「研ちゃん、幸造さんから何習うてたんや、いっつも言われてたやろ、わけてもうた命に感謝せいって。
あれは料理だけのことやないで。
研ちゃんの身体には幸造さんの命も流れてるんや。
幸造さんから研ちゃんにわけた命や。
その命を粗末にするなんて、わたしが許さん、絶対許さん
ってな、すごい勢いやったわ、おばあはん。
半分向こうに行きかけてた俺のこと、呼び戻してくれはった。」

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コメント

前回に引き続き 悲しくて 胸が痛くって また何を書いていいか分からなくなりましたweep

おじいさんは どんなに困っていても おばぁさんに打ち明けなかった・・・。
女を守る 強い強い真の男ですっっsign03

投稿: こと。 | 2008年4月28日 (月) 23時47分

おじいさん、こんなに大変だったのに
愛する人の事を思い何ひとつ言わなかったんだ…。
本当に辛かったですね。
捨て男さんも生きていてくれて良かったです。

投稿: Bikkyママ | 2008年4月29日 (火) 02時32分

胸が詰まります。

投稿: のんちゃん | 2008年4月30日 (水) 05時23分

コメントありがとうございます。

黙して語らず・・・・おしゃべりな私には無理ですが

こういう男性が本当にいたらいいなぁと

思いながら書きました。

またお立ち寄りくださいね。

投稿: 咲乃月音 | 2008年4月30日 (水) 18時10分

すみません。ゆっくりできてなくて、なかなか来れませんでした。
今日から通してよみます。
今回の分、また、胸が詰まります。
なんで、ここまで、と思います。

投稿: かなりん | 2008年5月12日 (月) 15時42分

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