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#25 捨て男とおじいさん

捨て男のおじいさんは、それより3年ほど前にも2ヶ月ほど島崎病院に入院してた患者さんやった。
わき見運転の軽自動車に巻き込まれての右足の複雑骨折で。
その時のリハビリの担当医がセンセイやった。

リハビリは辛いもんやとセンセイは言う。
怪我したとこを元にもどすように訓練するだけやろと、やったことのない人間は軽く言う。
ついこの前まで何の支障もなかった自分の身体の一部が言うことをきかないことへの辛さ。
じれったさ。

一歩を踏み出すことに、ただ関節を曲げたり伸ばしたりすることに、脂汗がにじむような時間と努力。
何よりも、この努力の先に昔と同じ自分があるんかどうかわからへん、手探りで灯りのない道を進んでいくような心もとなさ。
自分のおるんは、いつか抜け出られるトンネルなんか、行き止まりの袋小路に向かってんのか。
がんばって、がんばってと励ます自分の声がとってつけたもんのように聞こえることがあると、ずうっと前にセンセイには珍しく落とした声で言うてたことがあった。

年いってからのリハビリはなおさらやと。
回復もおそいし、もうこの先死ぬまで何ぼもないのにもうええと、投げやりになってしまうたり。
横で熱心に励ますどころか、面会にも来えへんような家族やと、それは尚更のことになってしまうのかもしれん。

そんな中、捨て男のおじいさんは、痛いとも辛いとも言わず、周りの人がもうちょっとボチボチ行ったらええのにっていうぐらい毎日一生懸命リハビリに励んではったらしい。
白髪頭をきりっと角刈りにした頭で、背筋をシャキンとのばして、毎回リハビリが始まる前には、先生、今日もよろしくお願いしますと折り目正しく挨拶してたらしい。
その後ろで同じようにかしこまって頭を下げてたのが今思えば捨て男やったと。

リハビリへの付き添いはもちろん、部屋に戻ってからのベッドの上でのマッサージをかねた柔軟体操の補助も捨て男が熱心にやってた。
毎日の会話の中から、捨て男とおじいさんがどうやら二人暮しであること、二人で『服部』というちいちゃい割烹をやってることなんかがわかった。

週に何べんかは捨て男がお昼に二段重ねのお重を携えて病院にやってきた。
中庭でお重を広げるのを覗きにいったら、いや今日の仕込みのもんなんですけどと、捨て男は照れくさそうやったけど、蓋を開けた中には、見事な仕出し弁当がつまってた。
先生もよろしかったらどうぞと言われてお相伴させてもうただし巻き卵は、ふっくらと、でも一口食べると口の中に澄んだおだしがしゅみわたるようで、今でも忘れられへんわと笑う。

うわあ、むちゃくちゃ美味しいですわ
と卵をほおばった口で言うセンセイに、
いやあ、こいつの味はまだまだですわ
と言いながら、おじいさんの顔はそれは嬉しそうやったらしい。

一日も早う足治して、店に戻って、こいつをしっかり仕込まんとね
と言うおじいさんの横で、
そんなん言うて、早う僕と店に立ちたいんやろ、おじいちゃん
と、捨て男が笑うてたらしい。

この上なく仲のええ祖父と孫。
幸せな光景。

あの時のふたりと、今、目の前にいてるふたりが3年前と同じふたりやとセンセイの頭が納得するまで、ちょっと時間がいった。

ほんの数年前には鉢巻と前掛けをしてなくても、頑固で腕のええ職人さんオーラが身体から滲み出てたおじいさんと、線はおじいさんよりは柔らかいけど、その芯にはおじいさんとおんなじように、真っ直ぐで強いもんが通ってそうやった捨て男。

その時とは別人のように生気を失ったおじいさんと、その横で視線をさけるように目を泳がせる目の前の捨て男。

「祖父は今でも店に立ってるつもりなんです。」

ちょっとの沈黙の後、捨て男が口にしたのはそんな言葉やった。

「店の板場で包丁使うてるつもりなんです。」

辛そうに言う捨て男の前でおじいさんは捨て男やセンセイには見えへん包丁でトントントンとひざの上で料理を続けてた。

医者っていうのは考えられへんぐらいの奇蹟を目にすることもあるけど、考えもせえへんかった絶望も見なあかん商売なんやなあと、おじいさんの口の端から細くつたう涎を見ながら、センセイはその時また思たって。

まさかそんな事があったなんてという気持ちと、やっぱりそんな事がと思う気持ちが両方浮かんだ。みぞおちに冷たいしこりができてしもたような感じ。
目の前には、ちょっと前に運ばれてきた、アサリの酒蒸し。ぷっくりとした身が美味しそうな湯気を立ててるけど、手がのびへん。アサリの上に散らされた三つ葉がみるみる内にしおしおと、くたってくのんを見てるだけで。
やっぱり言わんかったほうがよかったかなと、気づかう風のセンセイ。いや、うちのオカンの婿さんになるかもしれへん人のことやもん、知っててよかったと言うたもんの、ほんまはやっぱりちょっと複雑やった。捨て男という人をもちろん知ったほうがええんやろうけど、捨て男が話したなかったことを、他の人から聞くっていうんは、捨て男のことを知りたいというより、ただのやじ馬根性やったみたいやから。
そのくせ、ほんでおじいさんはどうやって亡くなりはったんやろう、何で捨て男がそれを自分のせいやって言うてるんやろう、その二人でやってたお店はどうなったんやろう、この前センセイとうちの家で会うた時まるきり初対面みたいにふるまってたけど、すぐにわかってしまうと思えへんかったんやろかと、色んなハテナが頭に浮かんで来る。
そんな気持ちが顔に出てたんやろか。
「 僕がおしゃべりなんや。月ちゃんが気にすることやない。」
センセイがあたしの手を自分の両手でやわらかく包んでくれる。冷えてた気持ちに熱が少うしづつ通ってく。

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コメント

えー・・・。人って、それぞれの背負わないといけない
ものを持ってるのかなって、思っちゃいました。
はー・・。切ない。先生が居て、月ちゃん良かったね。

投稿: kaoru | 2008年4月11日 (金) 20時04分

何だか 少し切なくなりました。

やっぱり、捨て男は優しい人なんだと 改めて思いました。

私にも 祖母がいまし。
明日、一緒にお茶でも飲もうと思いました。

ちなみに 月ちゃんも思いやりがあり 優しい素直な女の子だと思たし、きっと 陽子さんや、さく婆 の気持ちを受け継良い子に育ったんだと思いました。

投稿: キュ〜 | 2008年4月11日 (金) 22時59分

私の父も20年間リハビリに通ったな~。
どうなったんだろう、このおじいちゃん。
苗字も一緒だし・・・。
感情移入しちゃうな~

投稿: ジャスミン | 2008年4月12日 (土) 01時41分

大変だったね〜
でも捨て男の優しい面と二人でどんな生活だったとか
目に浮かんできました。
おじいさんが亡くなったのは
自分のせいと言ってましたが何があったんだろう?
私も野次馬根性だけど、気になります。

投稿: Bikkyママ | 2008年4月12日 (土) 07時33分

医者は絶望を見ないといけない仕事、ってそうですね。でも平気な顔しているように見える医者の心は反能してくれてるのかなって、思ってしまいます。
先生はいい人でよかった。
そして、捨て男のおじいさん思いのやさしいところにグっときてしまいました。
こんな面があったのだと、捨ててはおけない良さを感じました。
さすが捨て男、ただではないですね。

投稿: かなりん | 2008年4月12日 (土) 11時57分

コメントありがとうございます。

お年寄りを大事にする気持ち、私も大切にしたいと思います。

捨て男のような孫がほしいです(笑)

またお立ち寄りいただけたら嬉しいです。

投稿: 咲乃月音 | 2008年4月14日 (月) 14時34分

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