ココログ小説

#1 捨て男

ある晩オカンが男を拾てきた。

春の雨ふる夜中。
あたしが目を覚ます前に、オカンの帰ってきた気配に、横で寝てたハチが飛び起きて、急いで廊下を走っていった。
床にあたるハチの爪が立てるチャカチャカという音が遠くなってくのんを、あたしはうっつらした頭で聞いてた。
ざあざあと部屋の中にまで入り込んでくる雨の気配。
寝る前はそんなに強い雨やなかったのに。

かなんなぁ、オカン、
べろんべろんとちゃうか。
きっと明日の朝、
あ、もう今日の朝か、しじみのお味噌汁食べたい
と、うるさいに違いない。

オカンの二日酔いの朝の定番。

良かった。
しじみ買うてあって。
しばらくなかったけど、そろそろ酔っ払って帰ってくるころかなって思たのよね。
できたムスメじゃ。

つらつらとそんな事を半分起きて半分まだ眠った頭で考えてたら、オカンの大声。

「月ちゃん、ただいまぁ。
お土産があるぞい。起きといでぇぇぇ。」

誰が起きるかいな。
とっとと水でも飲んで寝床に入っておくれ。
あたしはオカンと違うて夜型やないのよ。
ううんと掛け布団を引き上げて、ドアに背をむける。

「おおーい、娘よ、
起っきれーい。」

更にでっかなる声。
あかん、あかん。
この間も酔っ払って騒いで、隣のサク婆にお灸すえられたとこやのに。
また罰ゲームでうちの町内分担が増えてまう。

はいよ、はいよ、
今参りますがな。

素足で歩くヒンヤリした廊下。
ペタペタペタ。

もう春やと思うたけど、足の裏には冬の名残がしみてくる。
夜はまだまだ冷え込むんや。
玄関でそのまま寝てもうたりして、風邪ひかれても、かなんし。

廊下から玄関に出る暖簾をくぐる。
そこには特上機嫌のオカン。
陽子という名前のとおり、あったかい陽だまりのようなその笑顔。
オカンの性格そのまんまに、好き勝手にあっちにこっちに向いてるクルクルの天パの髪。
その髪に、雨のしずくがとまってる。
きかん気そうなキリッとした眉毛と、その下できらきらしてる黒目がちの子犬みたいな目。
別嬪さんというのとは、またちゃうねんけど、人の目をひかずにはおれんその面差し。

黙ってても、心の強さがにじみ出てくるような。
こういう人を魅力的って言うんやろうなあと、ベロンベロンのオカンを見て、場にそぐわんことを思うあたし。
これやからマザコンやってよう言われるんやろか。
しゃあないやん。
オカンのこと好きやねんもん。

その、娘曰く魅力的にベロンベロンのオカンの足元に、うずくまる男。

これ、誰?

「これ、誰?」

ハテナがそのまま口に出る。

「さっきから言うてるやあん。
おぉみぃやぁげぇぇぇぇ。」

オカンの髪からハラハラと散る雨のしずく。

はぁ? 
おみやげ?

「拾てん。
捨て男やねんて。
この人。」

はぁぁ? 
拾たって、捨て男って、また、おかしなことを。

「ほんでな、
お母さん、
この人と結婚することにしたから。」

はぁぁぁ? 
何ですと?
ちょっと待ったりいな

と、つっこむ前に、後はよろしくぅとか、おやすみぃぃぃとかムニャムニャ言いながら、オカン、玄関にバタンと倒れて沈没。

後はよろしくって、何をどうよろしくすんねんな、この状況で。

静かになった玄関にひびくオカンと、叩きに寝っ転がる捨て男なる男の鼾の二重奏。
さっきより強なったような気がする雨の音がそれに重なる。

ザアザアザア。

かなんなぁ。
なぁ、ハチどないしょう。
何か難儀なことになりそうや。

足元のハチに目で問いかける。

腕組みするあたしの横で、ハチも小首をかしげてた。

| | コメント (5)

#2 まだ、おったん?

よく朝、雨戸を開けたら外は快晴!
ビュウティホー・サンデイッ!
あの雨はほんまやったんかなぁって思うぐらい。
昨日の夜中のことも夢のような気がする。

玄関で眠ってしもうたオカンを引きずるようにして、とりあえず、布団の中にほりこんだ。
上がり框で団子虫のように丸まってた捨て男には、毛布だけひっかけといた。

夜中に変に起きたせいか、あたしまで二日酔いみたいに頭がぼうっとする。

あたしの起きるんを待ち構えてたハチを足元にまとわりつかせながら、トントンと階段をおりる。
暖簾越しに玄関をのぞく。
いつもの玄関。
上がり框に捨て男にかけた毛布がキチンと畳んでおかれてる。
よかった、捨て男は帰ったんやね。

台所に入って冷蔵庫からキンキンに冷えた牛乳を出す。
一口ですっきりせえへん頭がキインとなる。
フゥ。

ねぇちゃん、
早うお散歩行こ、
お散歩。

ちぎれてまいそうに尻尾をぶんぶん振りもって、ハチがあたしを見上げてる。
どんな時もお散歩とあたしが大好きなハチ。
ゆるぎない愛がくれるゆるぎない幸せな気持ち。
心があったかくほどける一瞬。

よっしゃ、よっしゃ、
お散歩行こな

と、かがみこんで、ハチの顔を両手で包む。

ハチの身体のぬくもりと、ハチへの愛しさが、両手からあたしの身体いっぱいに広がる。

「おはようさん。」

ハチとのラブラブタイムに、いきなり割り込んできた声。
とびあがるみたいに振り返ったら、台所の入り口に立つ見知らぬ男。
ひいいいいっと思わずひきつけのような声が出かかったけど・・・

あんた、もしかして?
捨て男?
あんた、まだ、おったん?
昨日はオカンの足元に転がってたから、ようわからんかったけど、ごっつい格好やなぁ。 
テカテカのいかにも安もんそうな真っ赤なシャツ。
朝の台所では普通見かけん色彩。
そのシャツもごっつい濃けりゃ、また、顔も濃いなぁ。
ぶっとい眉毛にマッチ棒3本ぐらいのりそうな上下びしばしの睫毛。
濃いひげ。
それより何より、その頭。
何やのそれ?
今時、リーゼント?

「あ、もしかして見とれてる?」

昔のひげそりの宣伝みたいなポーズで捨て男がきく。
声までねちょいな。
ばったもんの郷ひろみみたいや。
きしょい、きしょい。
一番好かんタイプ。

「起きたんやったら、帰ってくださいね。」

朝から不機嫌な声出したら一日ゲンが悪いみたいで嫌やけど、しゃぁない。
台所の入り口に突っ立ってる捨て男の横をすりぬける。

散歩行くで、ハチ!
と、すたすた玄関に向かう。
玄関のたたきに転がってる男もんの靴。
真っ白のワニ革で先がとんがった革靴。

ひゃぁぁぁ、助けて。
リーゼントに、赤シャツに、白ワニの靴?
どこぞの安いチンピラか、一昔前のヤンキーか。
あぁ、きしょい、きしょい、きしょい。
あっちゃ、行け!
と、つま先で白ワニを蹴飛ばす。

あれ?
ハチがついて来てへん。

振り向いたら、あろうことか、ワフワフと床に転がって、捨て男にお腹なでてもうてるがな。

こら!
会うてすぐの人間に降参ポーズとるな、我が愛犬よ。
ねぇちゃんは情けない。

「ハチッ、散歩行けへんのっ。」

尖った声だしたら、やっと起き上がってかけてくる。
チャカチャカチャカ。

「戻ったらまた遊んだるからなあ。」

と追っかけてきた捨て男の図々しい声を断ち切るように、パシッと玄関を閉める。

あぁ、いやいやっ。

| | コメント (0)

#3 壁に耳あり、障子にサク婆

外に出て、思わず目を細める。

ひゃあ、お天気が目にしみる。

深呼吸ひとつ。
なんとなく春の匂いがするような風。

ああ、ええ気持ちやなぁ。
ほな、行こかぁ

とアルミの門をあけかけた手がふと止まる。
耳に届いたザッザッザッと言う音。

こ、これは、もしかして。
門から顔だけ、ちょっとだけ出して、覗く。

やっぱり・・・

隣の家の前には、ザッザッザッと規則正しい音で道を掃いてるサク婆の姿。
パリッと糊のきいた真っ白な割烹着。
サク婆って割烹着、何枚持ってんねんやろ。
いつ見ても、しわ一つないシャンとした割烹着。
そんなん着てるから、サク婆が80という歳とは思えんほどいつもシャッキリ見えんのか、サク婆が着るから割烹着もシャッキリするんか。
サク婆の周りにはいつも掃除したての空手道場のような空気が漂ってる。

それにしても、いつもはこの時間にはもう道は掃き終わってるはずやのに、あたしを待ち構えてたに違いない。
昨日の夜中のオカンの大声で、またサク婆を起こしてもうたかな。

またお目玉くらうかもなぁ、
かなんなぁ。
と言うて、散歩に行かんわけにはいかんしなぁ。
ここは、上手いことかわすしかないか。
ほな行くで、ハチ

とカチャンと門を出る。

「サク婆、おはよう。ええお天気やね。」

やましいことの微塵もない、歌のおねえさんのようにさわやかに声をかけて通りぬけようとしたけど・・・
甘かったね。
敵もさるもの。

「月ちゃん。
昨日、陽ちゃんは何時に帰ってきたんや。」

びっくりするほど素早く前に廻りこんだサク婆にきかれた。

「ええっと、
1時ごろやったかなぁ?」

ほんまにあんまり覚えてないあたしがウロウロ答える。

「1時ってことないで。
2時はとうに過ぎとった。」

知ってるんやったら、聞きないな・・・・
とは、もちろん言えず。

何せ、うちの大家さんでもあり、町内大会長でもあるサク婆。

この間、オカンが酔っ払って電柱に登って本人曰く、ミンミン蝉の初物サービスっていうのをした時には、向こう半年、毎日ごみ置き場の掃除の罰ゲームを言い渡された我が家。
ここは穏便にね、穏便に。

「うるさかった?すんません。」

直ちに最敬礼でお辞儀。
しわに縁取られた大きな目をちょっとすがめて、サク婆はフンと息をつく。
お、罰ゲームは逃れたかな。

「ほんで、あれは誰や?」

「あれって?」

「陽ちゃん、誰かと一緒やったんとちゃうんか?」

げ、
そんな事までばれてやんの。
壁に耳あり、障子にサク婆ありやな。

「ああ、なんか、飲み屋ででも知り合うた人が送ってくれたんとちゃうかな。」

「・・・ほんで?」

ぐいっと寄ってきたサク婆、迫力のアップ。

「ほんでって。あたしもよう知らんねん。」

これはほんまやもん。
て言うか、知らん上に、それは赤いシャツにリーゼントの何やチンピラみたいなオニイチャンですとは、よう言わん。
これ以上つっこまれたどうしょうと思うたら、むっちゃええタイミングで、しびれ切らしたハチがあたしのジャージの裾にとびついた。

ねえちゃん、早う行こう

と、ウルウル見上げるハチの目。
さすが我が愛犬、ええ働きしてくれるやないのっ。

「あ、サク婆、ごめん。
ハチ、もう辛抱ならんみたい。
また後でね。」

まだまだ色々聞きたそうな表情のサク婆の横をすりぬける。
サク婆の視線をまだ背中に感じながら角を曲がる。

あぶない、あぶない。

まさかサク婆、追っかけては来えへんやろうけど、いつもより小走りに、少しゆるい坂をのぼってく。
右手にはまた最近できた新しい建売住宅の玄関がならんでる。
うちの家とはちがう今風の洋菓子のような家。
まだ真っ白な壁。
オレンジ色の屋根。
白抜きで番地が書かれたアメリカの映画に出てくるような赤い郵便受けが並んでる。

ここも昔は田んぼやったなぁ。
ちいちゃい時はオモチャのバケツ持って、ペタペタ裸足であっちの田んぼ、こっちの池と歩きまわってたなぁ。
いつやったっけ。
駅前に大手のスーパーのチェーンの会社の本社ができた。
それからはあっと言う間やった。

スーパーが2件も出来て、コンビニまで出来て、市場がなくなった。
マンションが出来て、菜の花畑がなくなった。
おたまじゃくしの池が埋められて駐車場になった。
どれも変わってしもた時は、あれって立ち止まったけど、そのうち新しい風景になれてく。
こうやって色んなことを忘れたり、慣れたりして、時間というもんは過ぎていくんやろか。

道をはさんで向かいの田んぼの柵によいしょっと腰掛ける。
ねぇちゃん、早う早うとジタバタしてるハチの首輪から散歩ひもを外してやる。
すごい勢いで駆けてくハチが、あっと言う間に田んぼの隅の点になる。

この田んぼは同じ町内のおじいさんとおばあさんが持ってはる田んぼ。
二人そろって大の犬好きで、たまたまハチの散歩と出くわしたりすると、可愛い子やと言いながら、ハチが道路にとけてしもたようになるほど、なでてくれはる。

前に二人が飼ってた犬もハチと同じ、真っ黒な犬やってんて。

はっちゃんを見てるとクロベを思い出すわ

と、おばあちゃんは時々、目が潤みはることもある。

もう犬は飼いはれへんのですか?

と一回きいたことがある。
おじいさん。
ちょっと遠い目で

「もう見送りたないからなぁ。」

と言いはった。
その横でおばあさんが、笑顔やのになんや淋しい目して頷いてはった。

その二人が折角の散歩やのに、ずっと繋がれてたら可哀想や、はっちゃんには、うちの田んぼで、のびのび走りまわらせてあげてと言うてくれはった。

田植えが始まるまでのハチ専用の運動場。
思い切りぐんるぐんる走りまわった後は、あっちこっち匂いをふんふん嗅いでまわったり、あんた、どっかに突き抜けんでってぐらい一心不乱で掘った穴に鼻面をつっこんだり。
せわしない子や。

ほんでも、時々、ふと振り返って、あたしがここにおんのを確かめるハチ。

ねえちゃん、
ちゃんとそこにおってな。
僕の遊ぶの見とってなっ

て言うみたいに。

遠くのハチに見えてるんか、見えてへんのかわからんけど笑いかけてみる。
ちょっと小さく手を上げて。
あたしはちゃんとここにおるよ。

くっきり晴れたお天気やけど、田んぼの土はずっぼり湿ってて、ところどころに水もたまってる。
まだ昨日の雨の匂いがする。
田んぼから立ち上るどろんこの匂いを吸い込む。

| | コメント (0)

#4 会うことのなかった父

今まで酔っ払って色んなことがあったオカン。
でも男の人連れて帰ってきたことは、いっぺんも無かった。

しかも、何て言うた?
結婚するて?
ありえへん。

あたしが生まれるずっと前に死んでしもた父。
オカンの最愛の人。
オカンは、その時、まだ二十歳で、ほんでも、二十歳なりにいっちょまえの恋はしてきた・・・・と思うてた。
父と会うまでは。

父と出会うて、この人が好きやと思うた瞬間に心の中で地鳴りのような音がしてんて。
ズズズズズズズって。

どんどん湧き上がる気持ち。
自分の何もかもが竜巻にふかれて、どっか、ちゃうところへ運びさられるよう。
身体も魂も今までの自分までが、メキメキと音をたてて、なぎ倒されるよう。

その暴力的なまでの気持ちの渦に巻き込まれて、息もつかれへん自分。
この竜巻に比べたら、それまで自分が恋愛やと思うてたんは、ミズスマシが池につける輪っ子ぐらいのもんやったなぁと、オカンは目からウロコ落ちたらしい。

気の毒な元彼たちよ。
ミズスマシかよ。

で、竜巻にさらわれるように、オカンは父と結婚した。
初めて会うてから、半年もせんうちに。

何でそんなに急いんだんやろな。
その時にはふたりとも、まだ知らへんかったはずやのに。
父が結婚してから、ほんの三月後にこの世を去ってしまうことを。

一緒におれる時間がこわいほどに短いことを、二人の恋心の深い深いところが感じとったんやろか。
悲しい予感。
愛しい人と、ちょっとでも長く、ちょっとでも多く一緒にいようと呼び合うた心。

父が死んだ時、あたしはまだオカンのお腹の中で、オカンもあたしのおることを、まだ知らへんかった。
オカンの羊水の中でとっぷり眠ってたあたし。
 
そやのに不思議。

今でもハイライトの箱を見たら、泣きたいような気分になる。
ヘビースモーカーやった父が好きやった煙草。

さすがに入院してからは吸えへん・・・って言うか、吸われへんようになったけど、ほんでも、16の時からの連れみたいなもんやから、(父よ、ちなみにわが国では未成年の喫煙は禁じられてるんよ)見るだけで落ち着くんやと、病院のベッドの横のテーブルに置かれたライトブルーのパッケージ。

とうとう父の呼吸が止まった時、父の名前を何べんも、何べんも呼びながら、治ってまたパカパカ吸うたるって言うてたのにと、オカンの手の中で握られて、くしゃくしゃになってたハイライト。

オカンと繋がったヘソの緒から流れてくる悲しみに、あたしも一緒に泣いてたんかもしれん、お腹の中で。
会うことのなかった父を思って。

火葬場の煙突から昇ってく父を見上げながら、オカンは自分の恋心も高いとこへと昇っていくのが見えたって。
見上げられても、手はとどけへん遠いとこへ。

それからも、オカンに恋する人はようさんおった。
けど、オカンが恋する人はあらわれへんかった。

それにそばにはあたしがおったし。

同じ笑い方するわ
とオカンが言う、父によう似たあたしが。

時々あたしは感じるような気がする。
父の遺伝子があたしの目を通して、今でもオカンを見守ってるんを。

あたしの中に受け継がれた父のオカンへの愛情。

| | コメント (0)

#5 やっぱり、まだおる。

ようやっと気がすんだんか、ハチが戻ってきた。

ひゃぁ、
あんたドロだらけやんか

と言うあたしの声に、かえって嬉しそうにワフワフ言うてる。
愛いやつめ。

カチャンと散歩ひもを首輪につけて、帰り道につく。

ねえちゃん、ねえちゃん、
早う帰ろう、
僕、むっちゃお腹すいた

と、今度は家に向って、あたしをぐいぐい引っ張てたかと思うたら、時々ふと、立ち止まるハチ。

なんかを考えるような顔つきで、空を見上げてるハチの視線をおんなじようにたどる。

別に何が見えるわけやない。
ただ風が吹いてるだけ。
ハチには風が見えるんかな。
変わってく季節の風が。

一緒になって見上げたら時間が一瞬ゆっくりになる。

昨日の雨がうそのように透明に青い空。
白いちぎれ雲。
ハチとこうして一緒に歩いたら、いつもはセカセカ通りすぎてしもて、目に入らへんもんが見えてくることがある。

オカン、まだ起きてないやろなぁ。
捨て男、まだおったらどうしょう。

重い気持ちで、ガラガラと玄関をあける。
玄関のたたきの隅に蹴飛ばされたまま転がってる捨て男の白ワニ。

げぇ、
やっぱり、まだおる。

顔をしかめた途端に台所から捨て男が顔を出す。
一緒に流れ出てくるお味噌汁の匂い。

あんた、何してんのん?

「お帰り、
もうすぐ朝ごはん、出来るで。」

とニカッと笑う。

お帰りやと?
朝ごはんやと?
ここはあたしの家じゃ!

女の子が朝からそんな怖い顔せんと、別嬪さんが台無しやでと、ニカニカしもって玄関に出てきた捨て男。

あ、そうや!

とひらめいて、足元のハチをひょいと渡したった。
泥んこのハチ。
捨て男の赤シャツにとぶ泥の点々。

「宿賃代わり。
この子、お風呂場で洗うたって。」

暖簾の向こうの風呂場の戸を指差しながら言い捨てて、ドシドシ足音たてて台所にむかう。

ええ、何で俺なん?
まじ?

立ち往生してる捨て男の気配。
ちょっとブツブツ言うのんが聞こえたけど、あきらめたんか、
おまえ、どないしたらこんなに泥まみれになんねん
と溜息まじりにハチに話しかける声が廊下の方に消えてく。

オカンが起きたら、オカンからも言うてもらわな。
早う帰ってちょうだいて。
ほんでも、オカン、男を拾てきたん、ちゃんと覚えてるやろか。
べろんべろんに酔っ払うと時々記憶がぶっ飛びやるからなぁ。

ぶつぶつ思いながら台所に入ってったら、となりの茶の間のテーブルにオカンがもう座ってた。

え?
今、何時?

思わず時計を見る。
まだ8時半。
仕事が休み、プラス、飲みすぎ二日酔いのオカンがこんな時間におきてくるやなんて。

「月ちゃん、おはよう。」

しかも、普通の声や。
二日酔いのかすれ声とはちゃう。

目も合わさんと、オカンの声を背中で無視して、冷蔵庫から冷えたトマトジュースを出す。
これがないとあたしの朝は始まらん。

「なぁ、月ちゃん。」

テーブルからオカンが乗り出してくる気配。
背中をむけたまま流し台に手をついて、トマトジュースを一気飲み。

「月ちゃんってば、何怒ってんの。」

台所に入ってきたオカンが横に立つ。
なぁ、月ちゃんと手をつかんでくる。

もう、しゃあないなぁ
と向きなおる。

えへへへと言うみたいなオカンの顔。
ほんま、もう、
しゃあないなぁ。

「オカン、酔っ払うのはええけど、変なもん連れて帰ってくるんは、やめてくれる?」

「変なもんって?」

窓から入る日の光で元々色の薄いオカンのくるくるの髪が透けたような色になる。
毛先にとぶ朝の光。

「捨て男に決まってるやないの。」

「捨て男?
はははははは、研ちゃんのこと?」

何がおかしいねん。

「オカンが言うてんで、捨て男やって。」

「あたしそんなん言うたん? 
そんな失礼なこと?」

「ほんまや、陽子さん、失礼やで。」

声に振り向いたら、また、捨て男が台所の入り口に立ってた。
水と泥がとびちった赤シャツとニカニカ笑いで。

| | コメント (20)

#6 悔しいぐらいにおいしい

おもんない、
おもんない、
おもんないいいい。

何で、捨て男と3人で朝ごはんの食卓を囲むなあかんねん。

「だって、朝ご飯作ってくれたん、研ちゃんやないの。」


何で、捨て男があたしのTシャツ着てるねん。

「だって、研ちゃんのシャツ、どろどろのビチョビチョになってしもたやないの。」

でも、キツキツで長さ足りへんから、ヘソ毛見えてんねんけど。


何で、あたしが、日曜の朝に、どこの誰かわからん男の(しかも勝手にあたしのTシャツ着て)ヘソ毛見ながら朝ごはんを食べなあかんねぇぇぇぇん。

きしょい、
きしょい、
きしょすぎる。

言葉にせんと、目だけギロギロさせて心中のムカツキを示すあたしに、何でわかるか、ぴったりの合いの手を入れてくるオカン。
まだ見えへんヘソの緒がつながってるんかと思うのはこういう時。

あたしの不機嫌もその理由もきっとわかってて、その濃い顔にはおよそ似合わん、運動部の新入部員のような爽やかさで、

あ、ご飯おかわり?
お味噌汁は?
お茶いれなおそか?

と豆々しい捨て男。
しかも捨て男が作ったという朝ご飯は悔しいぐらいにおいしい。
ご飯の炊き加減といい、このお味噌汁といい。

何やのよ、二人して。
なんか、いつまでもムッツリしてるあたしが聞き分けのないスネ子みたいやないの。

「月ちゃん、ええ加減にしなさいよ。
だいたい研ちゃんは、つぶれてしもたあたしを送ってきてくれはってんで。」

「・・・・それは、どうも。」

くいっと、あごだけで捨て男にお辞儀の形をする。

どういたしましてと、捨て男が笑う。
口の横にくっきりと出る笑い皺。
あれっと思う。
どっかで見たよな笑い方。
そっからはなし崩し。
むっつり黙ってた分、いっぺん口がほぐれたら、ききたい事が口をつく。

「ほんで、どこで飲んでたん?」
「捨て男とはどうやって会うたん?」
「昨日の晩のこと、ちゃんと覚えてるのん?」

ちゃんと覚えてるよ、当たり前やないのと笑うオカン。
捨て男って呼んだんは覚えてへんくせにさ。
やわらかい朝の光の中、オカンがちょっと姿勢を正す。

「昨日の晩は『福耳』で研ちゃんとばったり会いました。
ふたりで一升瓶、二本もあけました。
ほんで研ちゃんが、プロポーズしてくれて、あたしは、はいっと返事しました。」

まるで用意してたようにスラスラと答えたかと思うたら、シャンとしてた肩の力をふぅっとぬいて、また、えへへ笑いのオカン。

「プロポーズ?」

声が思わず裏返る。
自分が一気に場違いな場所に来てしもたような心地の悪さ。
この人と結婚するからって言うたんは、酔っぱらいのウワゴトとちゃうかったん?

「昨日初めて会うた男から?」

カチカチのあたしの声。
黙るふたり。
いつのまにかテーブルの下に来たハチが耳をかく音。
ぽりぽりぽり。

「・・・・昨日が初めてやないもん。」

もぞもぞしながら言うオカン。

「初めて会うてからは、もう5年ぐらいかなぁ。」

これまた、もぞもぞしながらい言う捨て男。

えええええい、二人で嬉しそうにもぞもぞ、もぞもぞするんやないっ。

それに5年ってなんやの、それ。
あたし全然知らんかった。
捨て男の存在どころか、オカンにつきあうてる人がおることさえ。
5年というその長さにうちのめされる。

仲のええ母娘やと思てたのに。

ふたりっきりの家族やのに、あたしに隠し事してたんかと思うたら、不覚にも涙がにじんできた。

ううう、泣くな自分、
ええ歳こいて。

うつむいて半泣きのあたしの姿に息をつめる二人。

テーブルの下からハチがとことこ出てきた。
上空の不穏な空気を感じたんやろか。

ハチよ、
お前はあたしの味方よね。

黒い湿った鼻面をなでようとしたら、さっと身をひるがえして台所に走っていき、あっと言う間に、自分の空のエサ箱くわえてもどってきた。

ねえちゃん、
お取り込み中悪いんやけど、
飯おくれ、飯。
僕のご飯、忘れてるで。

えさ箱を前にかがんだ姿勢で上目づかいでブンブン尻尾をふるハチ。
ねえちゃん半泣きやというのに、わが愛犬よ。
いつものことながら、タイミングがええんか、悪いんか。

| | コメント (18) | トラックバック (0)

#7 桃栗3年柿8年

やっとありついたご飯を美味しい、美味しいと、首ふりながら食べるハチ。

3年前のゴールデンウィークに、うちに拾われてきたんは多分生まれて4、5日やったんかな。
まだ目もあいてへんかった。

自転車置き場のダンボール箱の中で、ハチをいれて5匹のちっちゃい毛のかたまりが眠ってた。
息するのんに合わせてゆっくり上下するピンク色のお腹には、まだヘソの緒の名残みたいなんがくっついてた。

5匹の脇にはバニラアイスのカップに入れられた牛乳。
こんな、ちいちゃいのに、どうやって自分で牛乳飲めるねん。

捨てていった人間の5匹に対するおざなりの気持ちがそこに見えるようで、余計に腹が立った。
ほんまやったら今頃は、母さん犬の腕の中で、うにゅうにゅミルクを飲んでたはずやのに。

5匹ももちろん飼われへん。
ほんでも、そのまま、そこに放っておいたら、きっと一日もせんうちに死んでしまうやろう。
あたしが連れて帰っても、こんな、ちいちゃい子ら、育てへんかもしれん。
ほんでも、どうせ消えてしまうかもしれへん命やったら、ここで捨てられたまま終わってしまうより、ちょっとの間でも屋根の下、誰かに見守られた中の方がましなんとちゃうやろか。

あたしが抱えて帰ったダンボールを覗いて、オカンはウワアと声をあげた。
ウワァ、可愛いって。

5匹に名前をつけた。
桃、栗、さん吉、柿、そしてハチ。
育てへんかもしれんけど、桃栗三年柿八年、実るのんを願って、出来るだけの世話はしたかった。

獣医さんに教えてもうたとうりに、三時間おきの授乳、三時間おきのうんち。
あの年のゴールデンウィークは寝不足やった。

やっぱり無理があったんかな。
数日のうちにさん吉が旅立ち、栗もそれに続いた。
片手にすっぽりおさまるような短い生涯。

家にあるスコップで裏庭の無花果の木の根元に穴をほった。

スコップでさくさくっと、ちいちゃい穴を掘ったつもりやったのに、そおっと、その冷たくなった身体を横たえてやると、穴はがらんと大きくて、その真ん中にポツリとあまりにちいちゃすぎるその姿が悲しくて、なかなか土がかけられへんかった。

今度もし生まれかわったら、もっともっと長く生きられますようにと、手を合わせた。 
残った3匹はびっくりするほど元気にスクスク育っていった。
走って廻って転がって、ぐうぐう眠って、もみくちゃになりながら。

器量よしの桃と柿は夏になる前に新しい家族がみつかって、愛嬌だけが取り柄のハチは今もあたしらと一緒におる。

目の前のご飯が僕の人生の全てやもんねっていう勢いで食べるハチ。
その姿を横にしゃがんで見る。
元気に食べてるのんを見るだけで、こんなに幸せな気持ちになれる。

まだオカンと捨て男はテーブルで、モソモソご飯を食べてる。
何もしゃべってないんか、目と目を見合わせあってんのか、静かな二人。
好きなようにせいと思いながらも、背中で気配を探ってまう。

そこへガラガラと玄関が開く音。

「おはようさあん。」

サク婆や!
いつもは午後のお茶やのに。
今日は朝から来た。
勝手知ったるうちの家。
ごめんくださいの声もなく、玄関から台所に向かうて、歩いてくるサク婆の足音。

いやっ、どないしょう。
いやいや、何であたしがあわてなアカンねん。
ほんでも、なんや
あたふたしてまう。

「おはようさん。」

何度目かの挨拶をしながらサク婆が台所に入ってくる。
何や、月ちゃん、まだ、ジャージ着てんのんかいな、はよ着替えなさいな、おお、ハチ公 (何で年寄はみんなハチ公と呼びたがるんか)ご機嫌さんと、ハチをひと撫で。
陽ちゃん、おはようさんとお茶の間をくるっと振り向いて、サク婆、一時停止。

ひええええええ、
あたしも一緒に一時停止。

「そちらは、どなたさんですの?」

しゃがれたサク婆の声。

ああ、どうなることやらと思いながら見上げるサク婆の後ろ姿。

丁度、目の位置にサク婆の割烹着の後ろの、きっちりと結ばれたリボン結び。
そこにもサク婆の几帳面な性格が出てるような。
後ろやのに何でこんなに上手いこと結べるんやろかと、そんなことをぼんやり思うてた。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

#8 第一印象最悪かも

テーブルの片方にはオカンと捨て男。
向かいあって、あたしとサク婆。
テーブルの足元にお座りする行司のハチ。

はい、見合って、見合ってぇ。

目の前におかれた湯気立てたコーヒーからは、ええ香りが立ち昇ってるけど、だあれも口つけへん。
サク婆も額に皺いかせて、むっつり目の前のコーヒー茶碗を見てるだけ。

しゃべったら負けの我慢大会みたいやん。
そんなん参加した覚えもないのに。
棄権させてもうて、ええやろか。

さっき、サク婆の第一声、そちらはどなたさんという言葉に、オカンと捨て男がはねるように、テーブルから立ち上がった。

「こちら、服部研二さん。
もうすぐ結婚しようと思うてる人なんです。」

空気が切れそうな凛とした声でオカンが言うた。
本気の声やった。

聞いたサク婆の方は目に見えてうろが来て、腰がぬけたように椅子にへたりこんだ。

それがもう、かれこれ10分以上も前のこと。
慌てたように、あたしが台所に立ってお湯を沸かし、それが楽しみでやってくるサク婆にコーヒーをいれ、またテーブルについてもまだ、みんな黙ったまま。

ふぅぅぅぅ
と溜息をついた後、サク婆がようやく口を開いた。

「陽ちゃんと、ちょっと二人でしゃべらせてくれへんか。」

あたしらの返事も待たず、サク婆はよっこいしょと立ちあがって、すたすたと茶の間を横切り、裏庭に面したちいちゃい縁側に座りこむ。
ちょっとためらった後、オカンもそれに続いて、ぺたりとサク婆の隣に座り込む。

サク婆のきりりと結い上げた髪と、オカンの好き放題な方向を向いてるクルクルの髪の毛。
全然ちゃう二人の後姿が、外から射す光の中、おんなじ色にふちどられる。

しゃあないな。
あたしは後片付けでもして、朝風呂にでも入るか。

ノロノロとコーヒー茶碗を手にとったら、目の前の捨て男と目があうた。

そうや、こいつがまだおった。

「とりあえず帰ってもらえますか。」

「なぁ、あれがサク婆さん?」

・・・人の話しを聞いとんのか、この男は。
あたしは帰ってもらう話しをしてるねん。

「そうやけど。」

自己最高の不機嫌低音声で答える。

「いやぁ、俺、第一印象最悪かも。
俺、第一印象運ないねんなぁ、いっつも。」

かもやなくて最悪や。

だいたい、あんたの悪運の話しなんて、あたしは興味ないっ。

「でもな、二回目はばっちりやねん。
二回戦の研ちゃんって呼ばれるぐらい。」

「あのねぇ、
言わせてもらうけど、昨日の晩が初めてやとしたら、今朝これが二回目。
印象、まだ最悪やけど。」

「きっついなぁ。
顔はあんまり似てへんのに、性格はよう似てんねんな。
さすが母娘やな。」

全然こたえてそうにもないニカニカ笑いの捨て男。

「たまには、そんなこともあるねん。
でもな、野球も9回あるやろ。
その後も延長戦っていうのんがあるやんか。
俺な、粘りの研ちゃんとも呼ばれてるねん。」

ほんまに、あほか、この男。
それに、あたしはネバい男は好かん。

「まぁ、せいぜい、
コールドゲームにならんようにね。」

言い捨てて台所を出る。

「お、もしかして野球くわしい?
嬉しいなぁ。
今度一緒に甲子園行こ。」

捨て男の声が追ってくる。
オカン、この能天気な男と結婚なんて冗談やんな?
納得いかん気持ちを足にどすどすこめる。

古い廊下がミシミシきしむ。
ハチが足元にまとわりつくようについてきた。
チャカチャカチャカチャカ。

ふぅぅと浴槽に身をしずめる。
いつも朝風呂に入る。
今日は色々あったから、いつもよりちょっと遅い。
朝昼兼用風呂?
そんな言葉あるんかなぁ。

築30年の家と同じように古いお風呂。
ほんでも家事能力ゼロのオカンが唯一まめにする風呂掃除のおかげで、古くても、よく磨かれた清潔な空間。
今風の足が伸ばせるような浴槽やなく、間口がせまく深い浴槽。
ここに足を曲げて、すっぽりおさまると安心感が胸に広がる。

洗い場では尻尾をきれいに丸くまいて、お座りしたハチ。
不思議な子や。
自分がお風呂に入れられるのは大嫌いやのに、あたしのお風呂には必ずついてくる。

あたしが湯船につかったり、洗い場で身体を洗うのを、お座りしたまま、神妙な顔で見てる。
けっして広いお風呂やないから、泡や水がかかってしまうのに、それでも、置きもんのように、チンと座って見てる。

まだ、オカンとサク婆はしゃべってるんやろか。
捨て男はもう帰ったやろか。

あたしかて、オカンには幸せになってほしい。
別に死んだ父に操を立ててなんてこと、思うてない。

さっき朝ごはんの時に泣きそうになったんは、オカンが結婚することやなく、相手が捨て男やということでもなく(いや、ちょっとあるかも)、オカンが捨て男のこと、5年もの間、あたしに何にも、一言も言うてくれへんかったから。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

#9 ふたりっきりの家族

オカンの両親、つまり、あたしのおじいちゃんとおばあちゃんは、オカンが17の時に死んだ。

結婚20年の記念にふたりで旅行にいった帰り、居眠り運転のダンプにつっこまれた。
即死やった。

遺体の確認も、怖いほど何もかもが、あっと言う間に整うたお葬式も、棺に爪が食い込むほどしがみついて泣き叫ぶ自分も、信じられへんもう一人のオカンがおった。

何かのひょうしに自分はどっか間違えた世界に入りこんでしもうただけで、ほんまの世界では、とうの昔に二人とも家にもどってきてて、ああ、家がやっぱり、一番やなぁって言うおばあちゃんに、旅行に連れて行った甲斐ないなってぼやくおじいちゃん、お土産のお饅頭を食べながら、それを見て笑うオカン、そんな三人が生活してるんとちゃうやろかって。

ほんまの世界にしろ、うその世界にしろ、ひとりっきりになってしもたオカン。

あんたのお父さんと出会ってな、これからは一人やない。
お父さんと二人で生きていくんやって思うたのに、あっと言う間にまた、ひとり。
もう、どんなついてないんかと思うたわ。

でもな、
うまい事できてるなぁ、人生って。
神さんがあんたを授けてくれてはった。

もう何回聞いたかわかれへんオカンの言葉。

ふたりっきりの家族のあたしとオカンは、一ミリの隙もないほど仲がよかった。
お父さんというもんがいてなくて淋しいと思う心の入る隙もないほどに。

シングルマザーなんて言葉もない時代に、自分ひとりであたしを産もうっていうのは、どんな大きな決心やったんやろう。
ちょうど、その頃のオカンと同じ年頃になったあたしは思うてみるけど、思いの深さの淵は見えても、その底には手が届かん。
つらい事もたくさんあったはずやろうに、オカンは笑うてたな、いつも、いつでも。

細く開けた風呂場の窓から湯気が逃げてくのが見える。
両手で耳をかっぽり包んで、ぶくぶくと湯船に沈んで目を閉じる。
耳の奥でしぅぅぅぅぅぅとかすかに流れる水の音がする。
オカンのお腹の中はこんな風やったんかもしれん。

いつもやったらバスタオル一丁で風呂からあがるけど、もしやまだ捨て男がおるかもしれん。
まだ湯気が立つ身体でTシャツに腕をとおす。
湯気なのか汗なんか湿り気がうっすらTシャツににじむ。
湯気でくもった洗面台の鏡をきゅっきゅっと手で丸く拭く。

風呂上りのこの鏡に映る自分の顔が一番好き。
柔らかい顔してるから。

真っ黒のまっすぐな髪。
目尻がちょっと切れ上がった一重の目。
うすい唇。
普段はオカンに似てるってめったに言われへんあたしの顔もちょっとほどけて見える。

今日は天気ええけど、やっぱり、ちょっと寒いんかな。
素足のまま廊下に出たら、お風呂でぬくぬくになった足から、どんどん熱が逃げてく。
おお、早う部屋に戻って靴下はかなと階段を上がりかけ、やっぱり気になって、暖簾を持ち上げ、玄関をのぞく。

捨て男の白ワニもサク婆のつっかけも消えてた。

ふうううん、みんな帰ったんや。

しんと静まりかえってる。
オカンもどっか出かけたんやろか?
気配がない。

とりあえず靴下はかな。
足が冷えきってまう前に。
トントンと階段をのぼる。

ハチだけが台所に入っていった。
水飲みに。

せやからハチは見たはず。
まだ縁側にひとり座るオカンを。
両手で自分の肩をだいて、身体をゆらし、息を殺して泣いてるオカンを。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

#10 人魚姫とウニ女

センセイのひげはあたしを抱くとき、いつも少し伸びてる。
あたしがそう頼むから。
あたしに会う日はひげをそらんといてと。

ざらざらした顎があたしの唇や、肩や、わきの下やへその上にかすかに残す赤い跡。
すぐに消えてなくなるそのヒリヒリした感触が好き。

セックスは切ない。
深くつながれば、つながるほど、自分と相手はこの世で別々に生きる別々の人間やというのがわかる。
ゆれる海草みたいに指と指をからめて、胸をきつくあわせてセンセイをそこに感じる。
一瞬自分の身体の一部かと思うぐらい。

あたしの中心に近く深くなるセンセイの身体。
でも、けして一緒にはなることはない。
人間はやっぱりどんな時もひとり。

えらいお嬢ちゃん、今日はおとなしなぁ。
ベッドに腹ばいになってセンセイが笑う。

あたしがお嬢ちゃんって呼ばれるんが好きやって知ってるセンセイ。
センセイはあたしの好きなことを見つける才能がある。

あたしはいっつもおとなしいですけどと、センセイの背中にあごを乗せる。
ヒンヤリした背中。
不思議な感触。
身体をあわせてる時ですら、ヒンヤリしているその背中。

いつも穏やかなセンセイ。
こういうことになってもう2年近くなるけど、センセイを取り巻く温度は変わることがない。
いつも常温。
それは安らかなことなんか、さびしいことなんか。

来た時にはしわひとつなかった真っ白なシーツを波立たせるように胸に抱え込む。
ぐるぐると寝返りをうつ。
両足がシーツに囚われる。

「人魚みたいやな、そうしてたら。」

ごろごろ転がるあたしから逃げるように起き上がったセンセイが言う。

ほら、やっぱりセンセイはあたしの好きなもんを見つけるんが上手。
ちいちゃい時、シンデレラより、白雪姫より憧れた、長い長い碧の髪をもった人魚姫。
人魚姫の恋は悲しく終わる。

センセイもいつか終わるんかな。
その時、泡になって消えんのは何なんやろう。

シーツに包まれた足をバタバタはねさせる。
水を打つみたいに。

センセイとオカンは一緒に働いてる。
いや、正確に言うと、センセイに雇うてもうてる。
20年以上も前、看護師としてオカンが働きだした病院にセンセイもいてた。

「陽子ちゃんは、いっつも、さばさば、きびきびしててなぁ。
白衣の天使いうより、白衣の戦士やったわ。」

とセンセイからきいたことがある。
オカンらしい。

センセイが5年前に自分のクリニックを始めた時に誘われて、それまでいた病院を辞めてそこで勤め始めたオカン。
あの二人はできてたんかと、前おった病院ではえらい噂になったらしいけど。
そんな事あるわけないと笑うセンセイやけど。

ほんまかな?
センセイはオカンをずっと好きやったんとちゃうんかな。
叶わんまま、今日まで来て、オカンを思う気持ちが、あたしの中のオカンを求めて、あたしと始めてしもたんとちゃうんかな。

今日も時々、あたしを通して違う誰かを見ようとしてるようなテーブル越しのセンセイの目。
何を見てんのん?
センセイの目に映るあたしを反対に覗き込む。

木目のテーブルの上には薄々と、花びらを思わせるような鯛の薄造り。
そえられた酢橘をしぼりかけ、お醤油をちょんもり付けて口に運ぶ。
あわあわと繊細な花びらのような見かけとは違う、ふちに歯ごたえを感じる鯛のしなやかな身。
ああ、美味しい。

「今日もええ顔して食べてるな。」

きりりと冷えた冷酒をあたしの猪口にそそぎながらセンセイが笑う。
飲んでるのはあたしだけ。
車のセンセイの猪口には氷水。
気分だけでも月ちゃんにつきあうわって言うて。

いつも女将が塗りのお盆の中にずらりと猪口を並べて、自分の好きなんを選ばせてくれる。
センセイのいつも選ぶんは、ぽってりと、気泡もとじこめられてるような厚手の猪口。
あたしは当てた唇が切れそうな薄いガラスの猪口。
僕がもったら壊れそうでこわいとセンセイが言うような。
壊れそうな綺麗なもんが愛おしい。

「うちのお母さん、結婚するらしい。」

出来るだけ普通に言うたつもりやけど、空気がちょっと固くなったんがわかる。

「え?」

と聞き返した形のままのセンセイの口。
とまった口元にセンセイの気持ちがゆれてんる気持ちが見えるみたい。
滅多に見ることのないセンセイの温度のたゆたい。

「やっぱりショック?」

追いかけて棘をのばしてみる。

「え、なんで僕?
ショックは月子ちゃんの方やろ。」

あ、つまらん。
もういつもの温度に戻ってしもうた。

センセイの口の横にくっきり浮かんだ笑い皺を見ながら、自分にきく。

ショックヤッタン?

ショックという言葉の、どっかにぶつかって跳ね返されたような響きと、今朝、並んで座るオカンと捨て男を前に感じた気持ちとは何か違うような気がする。

「ショックっていうのんとは、ちょっとちゃうかも。
何か悔しいような妙な気分。」

手元の猪口のふちを指でなぞる。

「そら、びっくりしたけどさ。」

頭をちょっとふる。
ショックとびっくりって、どうちゃうねんやろうと自分でも思うけど。

「月子ちゃんは、ほんまにお母さんのこと好きなんやな。」

あたしに向けるセンセイのまろい目。

「センセイも、うちのお母さんのこと好きなくせに。」

センセイの柔らかい空気を今日は何でか、突付きたくて、また棘がのびる。
こんなん人魚どころかウニ女や。

「もちろん、好きやで。
月子ちゃんのお母さんやからね。」

ウニ女の棘をすんなりかわすセンセイ。
これが年の功というもんか。
憎らしい。
憎らしくて恋しい。

「反対ちゃう?
あたしがお母さんの娘やからつきあうてるんとちゃうのん?」

今まで何回もききたくて、きかれへんかった事が、今日はいきなり口からこぼれた。

「ほんまはセンセイが好きなんはお母さんで、あたしはその代わりなんとちゃうのん?」

センセイ、黙ってしもた。
どんな時もゆるく流れてるセンセイの空気が止まったみたい。

その顔をじいっと見る。
あたしとセンセイの周りだけ変に静か。
何かがこわれた後の静けさか、何かがこわれる前の静けさか。

「わかってくれてるんやと思うてたけど」

ついと、テーブル越しに伸ばしてきたセンセイの手が、頬にふれる。
そこからまた時間が動きはじめる。

ウニ女の棘がゆるむ。

ゆるんで揺れてる棘をもてあましながら、思う。

センセイが、わかってくれてると思うてたことって何やろう。
あたしがほんまにわかってることって、何やろう。

| | コメント (8)

#11 繋いでた指先

話しが変な方に行ってしもたから、肝心のことがきけてないまま、車に乗りこむ。
柔らかいけどヒンヤリした革のシートはセンセイの感触に似てる。

後ろに流れてく夜の繁華街のネオン。
少し前を走ってたトレーラーがゆらりと車線を変えた。
深海魚が身をくねらせるみたいに。

ずっとずっと光の帯が続くように見える環状線。
ほんでも、ずっと走り続ける車はない。
それぞれの道を走って、ほんでいつかはみんな止まる時がくる。

「うちのお母さん、最近、どんな様子やった?」

そう、これをほんまは訊こうと思うてたのに。

カーステのスイッチに灯るグリーンの光だけの薄暗い車内。
そってないヒゲがセンセイの輪郭を濃くしてる。

「ううううん、特に変わったとこなかったけどなぁ。
いつもの陽子ちゃん。」

少し首をひねって言うセンセイ。

「なんや、ウキウキしてたとか?」

なんかこれという返事がほしくて畳み掛けるあたし。

「陽子ちゃん、いっつも、ばか明るいからなぁ。」

・・・・確かに。

「ほんだら、最近、ちょっと綺麗になったかなぁとか?」

「陽子ちゃん、元々、別嬪さんの部類やし。」

なんや、暖簾に腕押しみたいな会話。
イライラするなぁ、もう。

「それより、相手はどこのどいつやのん。」

どこのどいつ・・・・
やっぱりセンセイ、気になってるんやん。

「全然わからんねん。
なんか安ういチンピラみたいな格好して。
昨日が会うたん初めてやし、捨て男と。」

今度はあたしが暖簾になる。

「ステオ?
何じゃそりゃ。」
 
「捨てられてたん拾うてきたって、お母さんが言うてんもん。」

顎をちょっと反らせてセンセイが短く笑う。
きれいな喉の線。

ほんまの名前はなんやったけ。
二回戦の研ちゃんとかって言うてたなぁ。
ええと・・
あ、そうや!

「服部研二」

記憶の焦点がおうたんに声がはずむ。

「ハットリケンジ・・・服部さんなぁ。
なんか聞いた事あるなぁ。」

今度はハンドルを握ったセンセイが、合いそうで合えへん焦点を探してるみたい。

あたしも目の前のフロントガラスの向こうに意味もなく目をこらしてみる。
前の車のテールランプ。
ぶつからんように灯してるはずやのに、見てると吸い込まれそうになってく赤い光。

急にばしっと音がしてフロントガラスに水滴が飛ぶ。
え、雨?
思うまもなく、大粒の水滴がどんどんフロントガラスに飛んでくる。
水の銃弾あびてるみたい。
前からバチバチうちつけて来る。
当たってはにじみ、当たってはにじみ、その合間の一瞬の視界のために、
ちゃかちゃかと左右に動くワイパー。
メトロノームみたいに。
雨のリズムを測るみたいに。

「ごっつい雨になってきたなぁ。
今日は家の前まで送っていくわ。」

センセイの手がふと伸びてきて、あたしの手を探す。
手のひらをすくあげるように受け止めて、指をからめる。
冷たい指先があつく熱をもち始める。

いつもは家のすぐそば、高速道路の高架下のトンネルの手前でセンセイの車をおりる。
トンネルをくぐりきったとこから振り向いたら、それを見届けたセンセイの車が夜の中に消えてく。
あちら側にセンセイとおった女の顔のあたしも一緒に消えていって、
あたしは現実の空気の中にもどってく、娘の顔で。

オカンはセンセイとあたしがつきあうてることは知ってる。
別に反対もされてへん・・・っていうか、むしろそれを喜んでる風。

そやけど、まだ未だにセンセイがうちの家に来たことはない。
こんな風に会うた帰りに
じゃぁ、ちょっと上がってお茶でも
と誘うたこともない。

オカンはいつでも連れておいでえなって言うねんけど。
見たないねん。
センセイとオカンが一緒にいるとこを。

センセイのほんまに好きなんはオカンっていう自分の中の想像が、目の前でほんまの形になるんが怖い。

家の近くにくるまでに、雨、ちょっとはましになればええのに、ほんだらいつもの高架の手前で、
やっぱり、ここでええよって車おりられんねんけど。

あたしの気持ちをよそに、ますます強まる雨足。
いつもよりスピードを落としたセンセイの運転やのに、あっと言う間に家のすぐそばまで来てしもた。

いつもは歩いて通るトンネルを車で通る。
ああ、こちら側に来てしまいはった。
これでセンセイとの綺麗な夢の中のような時間もちがう色になってしまうんやろか。
その感触を確かめるように、さっきから繋いでた指先にキュッと力をこめる。

| | コメント (7)

#12 いきなり、ひとつ屋根の下?

オレンジがかった玄関灯の下にぶらさがってる表札。
濃い茶色の焼き板の上に、うちの名字とその下にようこ、つきこと白木の板をくりぬいて作った平仮名がならんでる。
つきこの下には太字のマジックで付け足されたハチの名前。
小学校の時にオカンと一緒にいった子供会のキャンプで作った表札。
下手くそやし、色があせてぶさいくやのに、未だにそこにある。
風でちょっとゆれてるそれをセンセイが見てる。

家の前で車がとまった時、ほな、ありがとうって言うかわりに、まだ早いし、あがってお茶でもと言うた自分の声にびっくりした。
そう言ったあたしの頭に浮かんでたんは、肩を並べて笑ってる今朝のオカンと捨て男の姿。母親やなくて女の顔で笑うてたオカン。

センセイはそう言われるんがわかってたみたいに、ほんならちょっとだけと、いつものゆるい動作で車のエンジンを止めた。

「これ月ちゃんが、作ったん?」

表札をつつきながらセンセイがきく。
そうやと、頷いたら、

「かいらしなぁ。」

とあたしを見る目元がゆるむ。
この人とおると、ほんまに自分が可愛いもんのような気持ちになってしまう。
あんまりにも簡単にゆるむ自分の気持ちを持て余して、ちょっと乱暴に引き戸をあける。
ただいまぁ。

いつものように、上がり框できちんとお座りしてあたしをお迎えするハチ。
ぶんぶんお尻尾ふって。
おぉ、よしよし、ハチの頭に手をさしのべながら入った玄関で足がこおる。
たたきにドッテリ横たわる白ワニ。

しかも

「おう、お帰りっ。」

と台所から顔を出したんは、その飼い主の捨て男。
 
何で。

「何で、またここにいてんのん。」

どうも捨て男にやと、頭の中の言葉がそのまま口から出る。

「何でって、僕、今日からこの家にお世話になることになってん。」

ヘラヘラと笑いながら玄関に出てくる。
またもや真っ赤なシャツ。
テカテカのリーゼント。

「はぁぁあぁ?」

なんですと?
それは、まさかここに住むってことやないやろね?
いきなり現れて、結婚っていうだけでも充分びっくりしてんのに。
一緒に住む??
いきなり、捨て男とひとつ屋根の下??
あかん、あかん、あっかいな。

拒否り全開、どん引きのあたしにまるで構わずニッカリ笑う捨て男。

「よろしくね、月ちゃん」

馴れ馴れしく月ちゃんって呼ぶな。
図々しくて無神経。
ほんま、すかんたこ。
こんな奴と一緒の家に住むなんて絶対いややと、オカンに言うたらなあかん。
ちょっと、そこどいてっと目の前の捨て男を突き飛ばすように玄関にあがろうとしたら、
「あ、こちらは月ちゃんのお客さん?」

捨て男の視線が、あたしの後ろに動く。
そうや、センセイも一緒やったんや。
捨て男に気ぃとられて、一瞬その存在がとんでしもてた。

「あ、はじめまして。村上です。」

センセイがいつもの柔らかい空気のまま、ちょっと頭を下げる。
いつものごとく常温のセンセイ。
ふうん。

「あ、もしかして陽子さんの勤めてるクリニックの先生ですか?
いやー、お会いできて嬉しいです、僕。」

こちらは温度が高い捨て男。
いきなりの捨て男の熱さにセンセイちょっと、たじろいた?

僕は今日は遠慮しといた方がええかなと帰る気配をみせたセンセイに、

「いやいや、そんな折角やのに遠慮せんといてください。」

と答えたのは、あたしやのうて捨て男。

あんたが言うなよ。
まるで自分の家みたいにっ。

気にいらん光線をバシバシにとばしてるあたしなんて全然目に入ってへんように、捨て男がいそいそとお客さん用のスリッパを並べる。
負けずにあたしも脇にさがって、どうぞ、どうぞと手でしめす。
なんや旅館の息のあうた番頭と仲居のような捨て男とあたし。
やな感じ。
とってもやな感じ。

「ほんだら、ちょっとだけ。」

と玄関にあがったセンセイに、あたしも続く。

先生の背中。
シャツの右の肩先が濡れてる。
車から玄関までほんの数歩の距離やったけど、左側のあたしをかばって傘をかたむけてくれてたから。
雨と一緒にセンセイの優しいとこがシャツににじんでる。

ちょっと散らかってるけど、どうぞと、先に立って暖簾をくぐる。
後ろから、大丈夫やで、僕が片付けといたしと、追ってくる捨て男の声。
ほんまに一言多いねん。

| | コメント (6)

#13 一足先に春爛漫

茶の間に入ったけどオカンの姿がない。

あれ?
お母さんは?
いてないの?

そら電話も入れんと突然センセイ連れて戻ってきたけど、おるもんやと思うてたのに。
ちょっと責めるような口調のあたしに

「酒屋さんにシャンぺン買いにいってる。」

と顔を崩す捨て男。

シャンペン?
こんな雨の中?
なにゆえにシャンペン?

「陽子さん、今日から一緒に住み始めるお祝いしょうって言うて。」

さらに嬉しそうに笑う捨て男。
口のわきの笑い皺が深くなる。

・・・・つまらん。
あたしにとっちゃ、これっぽっちもおめでたくないねんけど。

ふと見ると、テーブルの上に並んだ酒の肴たち。
しかも、かなり美味しそうな。
ツヤツヤに光るふきの煮たん、きれいな緑の春菊のお浸し、天ぷらはタラの芽かな?
よう味がしゅんでそうな若竹煮。
このおぼろ昆布と和えてある白身のお魚は何やろ?

「それは、鯛の昆布しめや。」

あたしの視線を読んだ捨て男が言う。

へぇー、しめ鯛って食べたことないわ。
テーブルの上は一足先に春爛漫。
なんて美味しそう。

・・・美味しそうなんはええけどさ、この料理どっから来たん?
うちのオカンは自慢やないが家事能力ゼロ。
その中でも料理は最悪。
あたしはサク婆のご飯で育ったようなもんやもん。
うちのお袋の味はサク婆の手料理。
と言うて、このへんの市場にはこんな洒落たお惣菜なんて売ってへんもんな。

もしかして・・・口に出すのがこわいけど

「これ、もしかして捨て男が作ったん?」

「うん、まあな。」

く、くやしい。
あたしの中で捨て男の点数が、ちょっと上がってしもた。
オカンが料理をせんぶん、美味しい料理を食べさせてくれそうな人間というのに弱いあたし。

「捨て男、もしかして、まさか、板前さん?」

「捨て男って呼ばんといてえなあ。
研二さん、いや、月ちゃんやから研ちゃんでええよ。」

あたしも研ちゃんって呼ばへんねんから、あたしのことも月ちゃんって呼ばんといてほしいと言う気持ちをこめて再度きく。

「捨て男さんは、板前さんなんですか?」

どないしても、月ちゃん、俺のこと捨て男って呼びたいねんな。
まぁ、ええわと笑いながら、

「板さんやってたんはずうっと前。
おとといまでは家政婦やってた。」

「か、家政婦ぅ?」

何で家政婦なん?

「うん、住み込みで。」

悪びれたふうもなく笑う捨て男。

「まぁ、立ち話もなんやし、座ってしゃべろうな。
さぁ、さぁ、月ちゃんも村上先生も座って、座って。」

なんや、すっかり捨て男のペースで、あたしらはテーブルにつく。
陽子さん、もうすぐ帰ってくると思うから、食前酒でも飲んで待っとこかと、捨て男がすっかり馴染んだ様子で台所に入っていき、冷蔵庫から何かを出してくる。

「かぼす酒。さっぱりしてて中々いけるで。」

テーブルに置かれた水差しの中のほのかに淡い薄緑色。

「いや、僕は車なんで。」
 
とセンセイが手をふる。

「あたしも今日はもうだいぶ飲んだんで。」

とあたしもそれにつづく。

ええ、二人とも飲まへんのん?
と残念そうな捨て男の前で、まるで汗かくみたいに、水差しのつるんとしたガラスの表面に見る間にふるふると水滴がわいてきた。

アルコールがあかんかったらと、これまた手際よく捨て男が運んできたお茶。
お番茶の中に塩昆布とくだいた梅干が入ってる。
一口飲んで、思わず美味しいと口から出たあたしに、飲んだ後はこれが一番やと捨て男。
ふむ、性格は絶対あいそうにもないけど、味覚はあうんかも。

| | コメント (6)

#14 お通夜みたいな顔して

「ほんで、ほんまに家政婦してたん?」

実はさっきの話のつづきが気になってたあたし。

「うん、ほんま。」

僕も陽子さんが帰ってくるまではお茶にしとこと、番茶をすする捨て男。
両手で包んだお湯飲みに目をおとしもって。
バシバシの睫毛が作る影。

「ふうん。ホストでもしてんのかと思うた。」

「え、俺、そんな格好ええかな。」

思いっきり嫌味の先制パンチのつもりやったのに全然効いてへんみたい。

「ちゃうよ、その格好。
どう見ても使いっぱしりのチンピラかホストにしか見えへんもん。」

へっへー、言うたった。

「ああ、これ。
これは俺の趣味とちゃうよ。
家政婦してた先のおばあはんの趣味。
おばあはん、ジェームス・ディーンの大ファンやってん。
ジェームス・ディーンいうたら、赤いシャツにリーゼントやろ?」

住み込みの家政婦してて、その雇い主はおばあさんで、そのおばあさんの趣味で赤シャツにリーゼントやったん??
それって、
「それって、ほんまはツバメとちゃうのん。」

「おいおい、月ちゃん。」

それまで横で黙ってきいてたセンセイがたしなめるような声を出す。

「いや、ええんです。
先生。
そうきかはる人多かったし。」

両手の中の番茶を一口すすって、ふうと息をつく捨て男。

「おばあはん、先週亡くなったんですけどね。
死んだら急に集まってきはったおばあはんの孫やら親戚やらに、財産目当てのツバメやと思われたみたいで、ほんで追い出されたんですわ。
おばあはんに住み込みの家政婦がいてるとは知ってたみたいやけど、まさか男やとは誰も思うてなかったみたいでね。
おまけにこんな格好してるし。
まぁ、でも、おばあはんが好きやった格好やし。
初七日までは、この格好しとこうかと思てね。
俺、他に供養らしい供養もできへんし。」

茶の間の電気の下、テラテラ波打つシャツの赤い色。

「俺ね、悔しかったんですわ、ほんま。
いや、ツバメに間違われたことやなくてね。
おばあはんがどんな風に暮らしてたんか、知らんかったんやないかって思てね。
生きてる間はみんな知らんふりで、死んでしもてからワラワラ寄ってきたってもう、話しもできへんのにね。」

話しの継ぎ目になると外の雨音が急に近くに聞こえる。
テーブルの下ではアゴまで床にぺったりつけて腹ばいになってるハチが時々ならす尻尾の音。ぱたぱたぱた。相槌みたいに。

「つらい話しやな。」

センセイがぽっそり言う。

「・・・つらかったですわ。
色んなことが。
なんでまた死に目に会わんならんのかとも思てね。」

死に目。
嫌な言葉。

大きすぎる氷を飲み込んだときみたいに、すうっと身体の中を冷たいもんがおりていく。
「他にも近しい人が亡くなりはったん?」

きいたらアカン事かもしれんと思いながら、またという言葉の影に引きずられて、きいてしまう。

「うん。うちのおじいはんがな、もう5年ほど前やけど。」

ちょっとの間。

「俺が死なせたようなもんや。」

と、ちいちゃい息をつくように捨て男が言うた。
お湯飲みを持ってた手にぎゅうっと力が入ってた。

また強なった外の雨の音。
ザアザアザア。

ハチが急にテーブルの下からとび出てきて、はねるように玄関に向かう。
あ、オカンが帰ってきたんかな。

飼い主が言うのもなんやけど、ちょっと抜けたとこのあるハチ。
散歩中に猫にふぅぅぅっとされて、きゅうんと尻尾を巻くあかんたれな犬。
他の家に貰われていった桃や柿なんかは、小さいながらもきりっとしてたけど、ハチは何やぼさあっとしてたもんなぁ。
悪戯を見つかっても、あたしがコラァと叫ぶ前に逃げてまう桃と柿に取り残されて、ハチだけがいっつも怒られてた。

唯一、犬らしいキリッとしたとこ言うたら、こうやってどんな時も遠くから帰ってくるあたしとオカンを玄関できっちりお座りで待っててくれるとこ。
かわいい、かわいいうちのハチ。

ひゃぁぁぁ、ほんま、えらい雨やったわぁと賑やかな声を出しながらオカンが帰宅。
足元に尻尾ぶんぶん振ってまとわりつくハチ。

「何やの、みんなでお通夜みたいな顔して。」

お茶の間に入ってきたオカンの第一声。
能天気なんか鋭いんか、わからんわ、ほんま。

| | コメント (9)

#15 前途を祝して

おおおお、すごいご馳走。
これ研ちゃんが作ったん?
ほんま、ええ婿さん見つけたわ、あたし
と、お茶の間にコロコロひびくオカンの声。

もう冷えてんのん買うてきたから、
さあさあ、みんなで乾杯しましょ
とグラスを出してくる。

センセイが僕は車やからと断ってんのに、
お祝いやないの、
固いこと言わんと、
ほらっ
と、グラスを無理やりもたせる。

一同席についたとこでオカン、コホンと咳払い。

「では、あたしと研ちゃんの前途を祝して、かんぱ~い!」

グラスを高々とあげる。
乾杯なんかしたないけど、しぶしぶグラスを上げるあたし。

それにしても、へんなの。
普通、他の人が前途を祝してあげなあかんのんとちゃうのん?
自分で祝してやるし。
まぁ、いつものオカンのペースか。

「ほんで、みんなで辛気臭い顔して何の話しをしとったん?」

「僕が若いつばめをしてた時の話しとかね。」

と捨て男。

「はっはぁ~。
研ちゃん、そんな風に見えるもんなぁ。
男前やし。」

オカンますます上機嫌。


二人並んでたらよう似合うてるよ。
美男美女で。
それも濃い顔の。」

とセンセイがまぜ返す。

その横顔をちら見したけど、全然いつもといっしょ。
いつものセンセイの温度。
いつものセンセイのゆるい空気。

「そう言う二人もお似合いやよ。」

あたしとセンセイを見比べてオカンが言う。

げ、こっちにふられたら恥ずかしい。
お尻がムズムズするような。

「先生もクリニックにおる時となんか雰囲気ちゃうし。
無精ひげなんか生やして色っぽいやないの。」

わちゃあ、すごいところをついてくるオカン。

「僕かて、デートの時ぐらい色気だしますよ。」

センセイ、サラッとかわしてくれたけど、あたしは顔がほてってきたかも。
それに気づいてるんか、気づいてないんか、ウフフと笑うオカン。

「嬉しいわぁ。
先生がうちに来てくれはったやなんて。」

キラキラ光るオカンの目。

「母親としては、なんかね、心配やったの。
月ちゃんの彼氏やのに家に挨拶にも来えへんやなんて。
ちゃんとつきあうてるんやろかって。」

「ちゃんとつきあうてますよ。」

なぁ、月ちゃんとセンセイがあたしに目を流す。
恥ずかしさがまだとれへんまま、淡くうなづくあたし。
そうか、あたしとセンセイはちゃんとつきあうてたんか。
前で何や言いたそうな顔でニヤニヤしてる捨て男。

では、研ちゃんの初の手料理をいただくとしますかとオカンがお箸をとる。
若竹煮の筍をスッと口に運んだかと思うと、ほっぺたに手を当ててとろけるような笑顔。
「美味しいわぁぁぁぁ。研ちゃん。」

「愛情こもってますからね。」

と、オカンのその姿を見て、さらにとろけるように笑み崩れる捨て男。

ひゃぁ、やってられんわ。
この二人。

ううん、でも確かに美味しそう。
あたしも思わず筍に箸をのばす。

お、美味しい!
口の中に広がる春の青い味。
笑顔になってまう。

「ほんま、カエルの子はカエルなんか、カエルの母もカエルなんか、母娘そろって、美味しいもん食べる時は、ほんま、ええ顔するなぁ。」

とセンセイが感心した声で言う。

「そんなん、あたりまえやん、章ちゃん。
美味しいもん食べたら美味しい顔になって。」

あ、オカン、センセイのこと名前で呼んだ。
なんか、小ちゃい小ちゃい小骨が喉にささったような気分。
むせるほどやないけど、飲みこんだらヒリヒリと痛むよな。

そんな、あたしのしょうもない引っかかりなど気づかんオカンは、上機嫌キープで、ええピッチでグラスを空け、ぱくぱくと音がしそうな勢いで料理を口に運ぶ。

「俺もね、陽子さんのこの食べっぷりに、まず、いかれてしもたんですわ。」

と自分は箸に手をつけんと、もっぱらオカンが食べるのを眺めながら捨て男が言う。

「俺、元々、板さんやってたでしょう。
食べるときにこんな幸せそうな顔してもうたら、板さん冥利につきるなって思うてね。」
「それ、わかるわ。」

と、センセイが合いの手を入れる。

「まぁ、僕の場合は、僕が作るわけやないけどね。
月ちゃんが美味しそうに食べてるとこみたら、自分が幸せにしたげたみたいで、嬉しなるねん。」

なんか、不思議な感じがした。
誰かにあたしのことを話すセンセイというのを見たことなかったから。
見知らぬ人が見知らぬあたしのことを話してるみたい。
ほんでも嬉しかった。
そんな風に思うてくれてたんやと思うと。
あたしはセンセイのどこを見てたんやろ。

車やしとか、明日は仕事やしとか、飲みすぎやしとかいう色んな言い訳を、オカンがそのたんびに、なぎ倒しなぎ倒し、シャンパンの次は、捨て男特製かぼす酒も飲み干し、その次はワインやと日曜の晩やのに大宴会の雰囲気になってきた。

そのうち捨て男が、かくし芸やというて、かぼす5つを見事にジャグリングしだし、センセイも掛布や岡田や真弓のあたしが見てもようわからん野球の物真似をしだし(ちなみに2年の間でセンセイがあんなに酔うたんみたんは初めて)オカンはそれを見てひたすら笑い、部屋に満ち満ちたハイな空気はハチにも感染したんか、みんなの間をクルクル走り回り、時折、ワンッと短く吠えた。僕も仲間に入れてえなとでも言うように。

窓の外では相変わらず雨がだだ降りで、雨のケープにあたしらのおるとこがスッポリ包まれてしもたみたい。

何か、この世にあたしらだけが取り残されたような幸せな隔絶感。

あの夜のことを思い出すたび、乾杯のシャンパンを思い出す。
はじけては、ゆっくり昇って消えてく泡。
みんな、よう笑うて、泡々としたひと時。
綺麗けどいつかは消えていく時。

思えば、あたしらが一番幸せやったのはあの晩やったんかもしれん。

| | コメント (7)

#16 馴染まれへん

翌朝。

雨戸を開けると、またしても嘘のような快晴。

あたしは大分寝過ごしたらしい。
はたと枕元の目を覚まし時計を見たらもう10時。
やばいっ
と、はね起きたけど、そこにハチの姿はない。

あれ?

9時を過ぎたりしたらハチの、ねえちゃん起きてえ起きてえ攻撃にあうてしもて、オチオチ寝てられへんはずやねんけどな。
ぼんやりした頭をふる。
そこに残ったアルコールをふりきるように。

部屋の入り口から顔を出して、ハチを呼ぶ。
気配がない。
廊下に自分の声だけが頼りなくぽかりと浮かぶ。

ハチー、ハッちゃんやー
と焦った気持ちを声に出しながら、階段をばたばたとおりる。
どこにおるんやろ。
台所かな。

台所に入っていって、その片付きように目をみはる。
昨日の晩の気配すらないように、すっきりと片付いたテーブル。
ぴかぴかの流し台。
いつもの台所というより調理場のよう。
元板さんと言うてた捨て男の気配をそこに感じる。

たった一日やのにあたしとオカンの二人暮しに違う人間が入ってきたというのが見える。
昨日の晩に捨て男の顔をみた時ほどの嫌悪感はないけど、すんなりは馴染まれへん違和感。

ハチは裏庭におった。
捨て男と一緒に。

捨て男に首を羽交い絞めにされて、頭をわしゃわしゃ撫でられて、お尻尾ぶんぶん振ってる。
真っ黒な毛が光で茶色く透けてみえる。
スルッと捨て男をかわして、まだ昨日の雨が残ってる地面をとびまわるハチ。
ドロのはねが捨て男にとぶ。
また、ドロドロになったやんけーと笑いながら、またハチをつかまえようとする捨て男。

茶の間ごしに見える光に包まれた光景。
何か声がかけづらい。
ハチがあたしに全然気づかへんのも気にいらん。

ぷいっと台所を出ていこうとしたら、後ろから捨て男の声につかまえられた。

「月ちゃん、おはようさあん。」 

気づかれてしもたか。
しぶしぶ振り向いて、おはようと言う代わりにちょっと手をあげる。

あ、ねえちゃんや!
とハチが縁側方にトテテテテと走ってくる。
ピンクのベロをハッハッと見せて笑い顔になってる。

うう。
この顔には負ける。
もう、しゃないなぁ。
近づいていって、頭をなでる。
気持ちよさそうに目を細めるハチ。
ぽかぽかと陽だまりにあっためられたオデコ。

「こいつ結構賢いなぁ。」

そんなハチから目を離さずに捨て男が言う。

「月ちゃんが中々起きへんみたいやと思うたら、
散歩ひもくわえて、俺んとこに来たわ。」

へ~え、
オカンにもそんな事したことないのにな、ハチ。
でも、ってことは、

「散歩に行ってくれたん?」

「あ、うん。
散歩というより、ついて行っただけみたいなもんやったけどな。
どこ行ったらええんやろって思う間もなく、こいつがグイグイ引っ張ってくれたわ。」

散歩にしても、ついてったにしても、その格好やったら、さぞ周りの目をひいたやろなぁ。
あ、もしかして、サク婆にも会うてもうた?
昨日はヘソ出しTシャツ。
今日は赤シャツ。
サク婆には刺激が強すぎる。

「サク婆は?
出しなに会えへんかった?」

「ああ、いてはった。いてはった。
今日の昼はお好み持ってきてくれるって言うてはったで。」

サク婆のお好み焼き。
それは天下一品。
そこいらの店で食べるよりよっぽど美味しい。
オカンとあたしの大好物。
でも、オカンが仕事でおらん平日に焼いてきてくれるやなんて、珍しい。
しかも捨て男がおるんわかってるのに。
というより、もしかして捨て男がおるからか。

昨日、オカンとは何か話ししてたみたいやけど、捨て男とはほとんど話してないみたいやったし。
捨て男がどんな人間か、サク婆、さぐりに来るんかも。

| | コメント (5)

#17 迫真の演技

サク婆は優しくて厳しい。
町内の人はみんなサク婆が好き。
そのどんぐり目はいっつも真っ直ぐにものを見、人を見る。

父の百か日がすんだ頃、父とオカンがその頃住んでたアパートの大家が訪ねてきた。
せり出したお腹をベルトの上にのせ、脂ぎった顔で何かというとお金の話しばかりするこの大家がオカンは苦手やった。

最初は、遠まわしに出ていってくれと話を切り出してきた。
ここは家族や夫婦向けのアパートなんでねと。
ちょっと目立ちだしたお腹を押さえながら、いえ、私も来年子供ができるんで、そしたら、家族暮らしになりますからと答えるオカンを大家はふんと鼻で笑うたようやった。

世間をよう知らんみたいやなぁとドラマで言うようなセリフを吐いたかと思うと、今度はそのえくぼができそうなぶよぶよした手でオカンの手をいきなり引き寄せた。
ねちこい目でオカンの顔とお腹を見比べながら、よかったらわしの世話になれへんか。
ここは家内の目もあるから、他にアパート借りたる。
あ、子供は面倒やから、流してしもたらええと、オカンの耳に流れこんできた汚物のような言葉。

触らんといてっという声と一緒に、思いもかけず強い力でオカンに突き飛ばされた大家が、何や人が親切で言うてんのにと顔を真っ赤にして出ていった。
ドアを叩きつけるようにして。

もうこのアパートにはおられへん。

二十歳で頼れる身寄りもなく、日に日に大きくなっていくお腹を抱えて、オカンは途方にくれた。
父が残してくれたいくらかの貯金はあっても、仕事も住むところもない。
不動産屋をめぐっても、無職、保証人なし、おまけに独り身やのにどうも腹ボテらしい20の娘に部屋を紹介してくれるとこはなかった。

いっぺんだけな、地下鉄のホームに立って思うたことあったわ。
轢かれたら痛いかなぁって。
痛いけど色んな心配せんでもええようになるかなぁってとオカンがその頃のことをそう話す。
いっつも笑顔で、陽だまりのようなオカンにさした一瞬の影。
でも、その影のおかげでオカンはサク婆と出会うた。

オカンはほんまに電車にとびこもうなんて思うてなかったって言うんやけど、地下鉄のホームに立つオカンの姿はサク婆の目には間際の人間にうつったらしい。

なんて言うんやろ、身体の輪郭が薄うなってなぁ、ぼおっと目が泳いでしもて、ゆうらゆうら揺れてたんやでとサク婆は言う。

オカンからほんのすぐ側で電車が来るんを待ってたサク婆は、こらまずいと咄嗟に思うた。
この娘の気を何とかそらさなアカンと、いきなりイタタタタと大仰な声をあげて腰を押さえもって、その場にしゃがみこんだサク婆。
はじかれたように目の焦点が合うたオカンが駆け寄って、大丈夫ですか、もうすぐ電車が来るから、ここでしゃがんでたら危ないですよと、サク婆をかかえるように立たせて駅のベンチまで連れてった。
腰なんて全然痛ないのに、よろよろ歩いて、ほんまに迫真の演技やったわと今でも二人で笑う。

びっくりして喉が渇いたとオカンがホームの売店で買うてきたフルーツ牛乳を二人で並んで飲む。
腰だいじょうぶですかと言うオカンの問いに、私の腰よりあんたの方が電車にでもとびこみそうな顔しとったでとサク婆。
え、そんなんちっともという言葉とは裏腹に、オカンの顔がクシャクシャとゆがむ。

いきなり子供のように泣き出したオカン。
最愛の旦那、一生の伴侶と思うた人と一緒になって3ヶ月足らずで死に別れてしもたこと、アパートを出ていかなあかんこと、不動産屋を何軒もまわったけど、どっこも相手にされんこと。
そんなことをしゃくりあげながらオカンは話した。

ずっと黙ってきいてたサク婆が、ベンチからいきなりスクッと立って言うた。

「とりあえず、うちにおいで。」

言葉にもびっくりしたけど、てっきりギックリ腰でもおこしたと思うた人が、飲みおわった牛乳瓶をスタスタとしっかりした足取りで売店に返しに行くのに、オカンはなんか笑うてしもたらしい。
笑いながら言われるがままにオカンはサク婆についていき。
その次の次の日には引っ越した。
今のこの家に。
とりあえずのはずがもう25年になる。

今サク婆が住んでんのは元はうちと同じ敷地内にあった離れ。
あたしらが元母屋に住んでサク婆が元離れに住んでることになる。
私ら母娘は離れで十分ですというオカンの言葉にも、あたしはゆくゆくはお父ちゃんとここで隠居するつもりやったからとサク婆は譲れへんかったらしい。

そのお父ちゃんと呼ばれるサク婆の旦那さんは、オカンとサク婆が出会うほんの一年ほど前に亡くなったとこで、淋しいもん同士が引きあうたんかなぁとこれも二人がよう言うセリフ。

サク婆が最初の子供を身籠ったとき、お父ちゃんはひっくり返って喜んで、すぐに庭に離れを建てだした。
子供の家族に母屋に住ませて、離れはわしらの隠居用やって言うて。
まだ産まれもしてへん子供に何を言うてんのとサク婆は笑ったけど、その言葉が悪かったんか、その赤ちゃんは産まれてくることなく流れてしもた。
悲しみにくれる二人のとこにまた生命が授かったのはその二年後。
予定よりも二ヶ月も早く生まれてきた、ちいちゃいちいちゃい女の子やった。
ガラス越しのそのちいちゃい命を祈る思いで毎日見守る二人の前で、その子は産まれてからひと月にもならない短い生涯をひっそりと終えた。

それからはずっと二人暮しやったサク婆とお父ちゃん。
そのお父ちゃんもついに彼岸の人となってしまい、砂で出来た大きな穴が、ふちから崩れてどんどん広がっていくような寂しさに、埋もれてしまいそうになってた時やった。

はじめは母屋に一緒に住んでたけど、あたしが生まれて、無事にお宮参りもすんでしばらく後に、これであたしも安心して隠居できるわと、サク婆は離れにうつって行った。
その時一緒に母屋と離れを区切る形ばかりの生垣もできた。

陽ちゃん、まだ若いし、自分の生活もあるやろうと気をきかせすぎたサク婆の考えで。
それは気のまわしすぎやった。
オカンが誰か男の人をつれてきたことなんて一回もなかったから。
ずっと25年近くもの間。

おととい、捨て男を拾てくるまでは。

| | コメント (11)

#18 弁慶の泣き所

その25年ぶりのオカンの恋人は、台所で甲斐甲斐しく朝ごはんをテーブルに並べてる。
炊き立てのごはん、お味噌汁、納豆、シャケの塩焼きに、だし巻き卵。
ちょっとした旅館の朝ごはんみたい。
くやしいけど、また捨て男の点数が上がる。

節操のないあたしの胃袋よ。

捨て男と向かいあい、いただきますと手をあわせる。
熱々の味噌汁をすすり、つやつやに光るご飯にきゅうりのお漬物をそえて食べる。
ぱりぽり。
美味しい。
ちょうどええ漬かりよう。
自家製らしいお漬物。
うち糠床なんてないのに、どうやって作ったんやろ。

「これ、どうやって漬けたん?」

きゅうりをお箸にはさんで捨て男にきく。

「マイ糠床持ってきたもん。」

指差す先には、なるほど、小ぶりやけど年季の入ってそうな漬物樽。
こんな格好して、漬物樽持ってきたんかと思うと可笑しい。

「うちのおじいはんの形見や。」

と捨て男。

ちょっと二日酔いのもやのかかった頭に昨日の晩のことが浮かぶ。
捨て男のおじいさん。
何か、僕のせいで死んでしもたとか、そんなことを言うてへんかったっけ?
聞いてもええんやろか?

「おじいちゃん、何で亡くなりはったん?」

やっぱり聞いてもうた。

「え?陽子さんから聞いてないのん?」

とちょっと意外そうな捨て男。

聞いてるも何も、あたし、捨て男の存在すらおとといまで知らんかったのに。

「だって、つきあうてる人がいてるのんも知らんかったもん。」

「ああ、だって、つきあうてなかったもん。」

しらっと笑顔で言う捨て男。

何、何、何?
つきあうてなかったん?

「え、でも、昨日は知り合うて5年ぐらいって言うてたやん。」

「ああ、それはただの知り合いや。
もちろん俺は・・・いや、僕は初めて会った時から陽子さんのこと、ええなぁって思うてたし。
会うたんびにくどいてたけど、全然相手にされてる感じやなかったしなぁ。」

箸でアカンアカンのゼスチャーをする捨て男。
ほんで、いきなり結婚、いきなり同居ってどういうことなん?
二日酔いの頭には、さばききれへんねんけど。

「・・・・俺もびっくりした。
一昨日の晩、陽子さんが、はい、結婚しましょって言うたとき。」

どうなったんやろ、オカン。
年下男の熱についにほだされた?
あのオカンが?
首をひねるあたしの前で、まぁ、俺の魅力についに陽子さんも気づいてくれたってことかなと能天気に笑う捨て男。
ますます説得力なし。

捨て男のおじいちゃんの話しをしてたのに、話しがそれてしもた。
もう一回はききにくい。

それに、まだ湯気の立つ朝の幸せを並べたようなテーブルごしの捨て男は、これまた幸せそうに笑うてて、きっと辛い話であろう話は別に今せんでもええかと思うたり。

もぐもぐ、ぱくぱくと、テーブルの上の幸せが胃袋におさまっていく音がひびく。

「あ、そうや、ハチのご飯もこれから俺が作るわ。
ドッグフードばっかりやったら身体にようないで。」

と思い出したように捨て男が言う。

・・・なんかハチへのあたしの愛情にケチつけられたみたい。

「でも、そのドックフード、獣医さんがすすめてくれはったやつやもん。」

声にとげとげが出る。
ハチはあたしの弁慶の泣き所。

「いくら獣医さんがすすめはっても、缶詰やんか。
犬かて出来たてのご飯食べたいよ。」

そう言われたら返す言葉ない。

「今日、散歩にいったときも、なんかちょっと具合悪そうやったし。」

え?
具合が悪い?
気持ちがザワザワ波立つ。

ハチはほんまに、あたしの弁慶の泣き所。
テーブルの下をのぞきこむ。
ゴロンと寝転んで、さっき風呂場で洗うてもうた前足を、口元にもってきて、ぺろぺろなめてる。
いつもの平和なハチ。
それでも

「どんな風に具合悪そうやったん?」

と聞く声に不安がにじむ。

「ううん、何かちょっと、おしっこが出にくそうな感じやった。
ぴょんと足をあげんのにほとんど出えへんねん。」

昨日の朝は普通に見えたけどなぁ。
夜はオカンが散歩につれてったはずやけど、どうやってんやろ。

「いやいや、そんな心配せんでも。
俺と散歩行くのん初めてやから、何か緊張しとったんかもしれんしな。」

そうかなあ、それやったらええんやけど。
もう一度テーブルの下を覗き込む。

ねえちゃん、どうしたん?
という風にハチが顔をあげる。
いつものあたしを見上げるおだやかな目に少しほっとする。

| | コメント (7)

#19 一日延ばしに

後片付けはすると言うたけど、俺、他に仕事ないからと頑として譲れへん捨て男に負ける。
そう言うたら、あたしも仕事ないねんけど。
いつもの朝風呂に向かいながら、もやもやした気分になる。

仕事もせず、家のこともする人がでてきて、あたしはここで何をしてるんやろうという罪悪感のような、取り残され感のような。
あたしは捨て男のことほとんど何にも知らんけど、平日にあたしが何をするでもなく家におることを、何にも聞いてけえへんってことは、あたしのことはオカンから聞いてるんやろうなぁ。

まだ服を脱いだら薄く鳥肌が立つような空気の中をあわててお風呂場に入ってゆく。
ハチも慌ててつづく。
浴槽に身をしずめると、しゅうううううと色んな力がぬけていく。
水にとけていくんか、水があたしをとけさせるんか。

お湯の中で手のひらを握ったり、開いたり。
自分の身体がお湯を通して別の形みたいに見える。

閉ざされた空間で自分の好きなもん、都合のええもんだけに囲まれてすぎていく毎日。
それもいつかは終わらせなあかんとわかってんのに、一日延ばしにしてるあたし。

一年前までは働いてた。
毎朝7時におきて、8時5分の地下鉄で毎日会社に通うてた。

仕事中は厳しいけど、面倒見のええ先輩たちと、普段はおっとりしてそうに見えんのに、ここぞという時には目を見張るほどの統率力を発揮する上司とに囲まれて、同じように新卒で他の会社に就職した同級生が職場の愚痴を言うのを聞く度に、ああ、あたしは恵まれた職場に就職できてんなと思うてた。

そう、あの人が来るまでは。

その人は東京の本社から単身赴任してきた。
はじめましてと挨拶された時は、えらい線の細い人やなぁという印象しかなかった。
関西に住むのは初めてやというその人は、いつまでたっても大阪の空気には慣れへんみたいで、水を吸いあげる力のない観葉植物のように、日に日にしおれていくようやった。

何の気ない親切心のつもりやった。
仕事は終わったもんの、自分の帰る道がわからんで途方にくれてる子供のような顔をしたその人を誘って、会社の近くのたこ焼きを食べにいった。

道端にワゴンが3台並んでる。
一番左のワゴンには『日本一のたこ焼き』
真ん中のワゴンには『世界一のたこ焼き』
一番右のワゴンには『宇宙一のたこ焼き』
と看板がかかってる冗談のような光景。

「さぁ、日本一か、世界一か、宇宙一か、どれにします?」
とあたしが聞いたら、その人の生気のなかった顔にようやっと笑顔が浮かんだ。
大阪っておもしろいねぇ
と聞きとれんぐらいの小さい声でつぶやきはった。

ハフハフと道端で一緒にたこ焼きをほおばりながら、会話らしい会話はせえへんかったけど、美味しそうにたこ焼きを食べてる姿に、よかったなぁと思うた。

その先に起こることを知りもせんかったから。


次の日、終業時間間際、今度はその人があたしのデスクの横に立った。
今日もたこ焼き食べに行きませんかと誘われた。
昨日の今日でちょっと面食らったけど、その日はもう予定があったんで、そう言うて断った。
そうですかと言うたその人の目に白いもんがチカッと見えた気がした。

その次の日は、お昼を過ぎたころには、その人がデスクの横にきた。
今日はどうですかと言う目には、断ったら何かが壊れてしまいそうな光があった。
断れ切れずにその日また、並んでたこ焼きを食べた。

最初に食べた時のように特に会話もないのは同じやのに、何でか落ち着かん。
早く食べ終わってこの場を離れたいと、口の中やけどしそうになりながら、たこ焼きをほおばった。
そんなあたしにその人は、今度はたこ焼きじゃなくて、ゆっくり食事できるところにでも行きたいなと、じっとあたしを見た。

湿度のあるその視線に、自分が何か大きな間違いをしてしまったんではと首の後ろの毛が逆立った。
それでも会社の人やし、単身赴任やけど奥さんもいてはるんやし、別に深い意味はないと自分に言い聞かせた。

でも、それはやっぱり間違いやったみたい。
次の日から、毎日のように誘われるようになった。
隣に座る先輩も、最初の頃は、もててしゃあないねえと、笑うてはったけど、そのうち、その人があたしのデスクに近づいてくるのを見たら、不機嫌な横顔で、席を外しはるようになった。

会社のロッカー室で

「たこ焼き2回一緒に食べたくらいで、あんなにつきまとわれるかなぁ。
なんかあったに違いないよなぁ。」

と、その先輩が言うてはんのを耳にしてしもたんは、それから何日もたたんうちやった。
どうしたらええんやろか。
胸の中にじくじくと悩みがたまっていった。

次の日、いつものようにデスクに来たその人に、ちょっと大きすぎるほどの声で言うた。
迷惑なんで誘わないでください。
私、お付き合いしてる人もいるんです。

言われたその人の目に、前に見た白い光が今度はチカッと大きく灯るんが見えた。
足がガクガクした。
でも、これでもう大丈夫やと思うた。

しばらくは平和やった。
その人が誘うてくることもなくなった。
デスクに向かう相変わらず生気のないその人の背中を見ると、ちょっと胸が痛んだけど。
知らんかったから、その白い光がメラメラと凶暴な音を立てて燃えあがろうとしてんのを。

| | コメント (7)

#20 もう痛くないはずやのに

ある晩、いつもの駅から自転車での帰り道。
まだ、そんなに遅い時間でもなかったけど、冬の夜は暮れるんが早い。
自然と自転車をこぐ足も早まる。
家からほんの10メーターも離れてない曲がり角の電信柱の陰にぼうっと浮きあがる人影が見えた。
本能的に危険を察したんか、ブレーキを両手で引き絞り、きびすを返そうとしたんと、その人影が踊りかかってきたんは同時やった。

何がおこったんかわからんかった。

自転車ごと、すごい音を出して倒れ、ひざのあたりに激痛が走った。
痛いという声をあげるひまもなく、今度は頭に顔に衝撃が走る。
会社のその人が馬乗りになって、すごい勢いであたしを殴りつけてるのが、よけようと顔の前でばってんにした両手ごしに見える。

「バカにしやがって。バカにしやがって。」

とわめく声が唾液と共にふってくる。

永遠のような時間に思えたけど、通りかかった人と、そのすぐ前の家の人らがその人を羽交い絞めにして止めてくれるまでは、ほんの僅かの間やったらしい。
それでも、あたしの顔は西瓜みたいにまだらに腫れ上がり、ひざの横の傷は10針も縫うた。

オカンもサク婆も傷害事件どころか殺人未遂やと息まいたけど、会社の上司が、慣れへん土地でのノイローゼからやったことやから、どうか穏便にすませてくれてと土下座せんばかりに頼んできた。
ただただ、もうこの振ってわいた災難のようなことを、ちょっとでも早うぬぐってしまいたかったあたしは、上司の言うことに疲れたように頷いた。

その人自身は、あたしの方からつきあえとしつこく迫ったとか、その人の奥さんにあたしが無言電話してたとか(電話番号も知らんのに)というような事を言うてると、お見舞いに来てくれはった先輩が教えてくれた。

結局、その人は十日間ほど謹慎になったけど、もう会社に戻ってきてるらしい。
あたしは・・・結局会社には戻られへんかった。

顔の腫れも引き、膝の包帯が絆創膏に変わり、明日から出社しますと上司に電話した。
もう出てくんの?
ゆっくりしてたらええのに
と、上司の声がちょっとうろたえて聞こえた。

大丈夫です。
行きます
と、キッパリ応えて電話を切った自分やったのに、その日は眠られへんかった。

朝、会社に行く用意をして家を出る。
あたしより、いつもは早く出るオカンが、その日は駅まで一緒に行こうと待ってた。

歩いて一緒に駅に向かった。
駅に近づいてくとともに耳鳴りがしてきた。
暑くもないのに汗が背中をダラダラ伝う感触。
いよいよ駅の階段を上るとこに来て、吐き気がして、しゃがみこんだ。
そこからしばらく動かれへんかった。

最初は頭を殴られた後遺症かと思うた。
でも家に戻ると何事もなかったように不快感はなくなる。

これなら明日は大丈夫とまた出かけていくけど、やっぱり道の途中まで来ると頭がこわれるような耳鳴りに襲われる。
それは一日置いても、二日置いても、変わらんかった。
会社にはもう行かれへんと自分で悟るまで長くはかからんかった。
事情を伝えた上司はものすごく気の毒がったが、あたしが辞めると言うのんを聞いて、どこかほっとしたようでもあった。

辞職願いはオカンが届けに行った。

あれからもう一年になるんや。
会社に行くんやないとわかってても、まだ駅の周りに行くと吐き気がする。
遠回りになっても、あの人が隠れてた電信柱のある道は、通らんようになった。

ひざの傷はひからびたミミズがはりついてるような形でまだ残ってる。
お風呂に入ってると、そこからプクプクあぶくが出てるように見えたりする。
もう痛くないはずやのに、さわるとヒリヒリするような気がする。
指でなぞると、自分の皮膚ではないような妙な感触。

湯気に包まれ、目をつむる。
お風呂と一緒や。
どんなに気持ちようても、つかりすぎたら、ふやけてまう。
心も身体も。
もうちょっと、もうちょっとと、ゆるゆるとしたお湯にひたってるような毎日。
ほんまに、もうそろそろキリをみつけんと。

水が作った角度の加減で、宇宙人みたいに見えるお湯の中の自分の指を動かしながら、そんなことを思う。
お風呂場でする考えごとは、あわくて、昇っては消えてく湯気のよう。
思うたそばから実態がないことのように思えてくる。

| | コメント (6)

#21 ハチが、ハチが、ハチが

自分のたてるトプンという水の音以外、しんとしたお風呂場。
洗い場のハチに目をやる。
さっきまでチョコンとお座りしてたのに、伏せみたいな格好でうずくまってる。
何かがきしむような音。

何の音?
これはハチのうなってる声?

捨て男の具合悪そうやったでと言う言葉が頭に浮かぶ。

ハチ、どうしたん?
大丈夫?
と手をのばす。

頭に手をふれるかふれへんかで、ギャオンオンとすごい声でないた。
ブルブル震えるその身体。

たいへんや。これは、たいへんや。
ハチがどないかなってもうてる。
風呂場をとびでる。

ろくに拭きもしてへん身体に急いで着ようとする服がはりつく。
ハチはまだうずくまったまま。
抱きかかえようとするけど、ギャオンオンオンとすごい声でなく。

脱衣所の戸の向こうから、焦った捨て男の声。

「月ちゃん、大丈夫か。どないしたん?」

「ハチが、ハチが、ハチが」

と言うだけで涙がぼろぼろ出てきてしまう。

服着たか?
開けてもええか?
開けるでっ
とあたしの返事もろくろく待たずに捨て男が戸を開ける。

ハチが、ハチが、ハチがと要領を得んあたしを押しのけて、捨て男がバスタオルでハチをくるんで抱きあげる。
ギャオオオオオオンという鳴き声と一緒に。

獣医さんに向かうタクシーの中、ごめんごめんごめんごめんごめんと、どうしょうどうしょうどうしょうどうしょうと、もしももしももしももしもの悪い言葉ばっかりが頭の中をぐるぐる廻って、あたしを打ちのめす。

捨て男が気づいたハチの異常を、どうやったら見逃せたんか、あたし。
ハチがハチがと、いっつも言うてるくせに。

思わず膝の上で手を組む。
犬の神様、もしいてはったら、お願いですから、ハチを助けたってください。

捨て男の腕の中のハチはちいさく震えてる。
視線が不安そうにうろうろ動いてる。
タオルからはみだしたお尻尾はダランと垂れて動けへん。

10分ほどの道のりがとてつもなく長く思えた。
ハチに何かあったら・・・
何かあったら自分はどうなってしまうやろう。

足元から這い登ってくる心もとなさ。
底の見えへん黒々とした大きな穴のふちに立たされてしもたみたいな。

「尿道結石ですね。」

「ニョウドウケッセキ? 」
「まあ言うたら、おチンチンが石でつまってしもたんですねえ。」

ハチを拾て来たときから、かかりつけの獣医さん。
広いおでこに皺二本。
その皺がしゃべるたんびに動く。

「もう多分、二日ぐらいオシッコ、ちゃんと出てへんと思いますよ。
このたまりようを見たら。」

二日も?
全然気づかへんかった自分が情けない。

ごめんな、ごめんなハチ。

お医者さんが苦手で診察台の上でオロオロした目のハチの頭をぐりぐり撫でる。
あたしの手に鼻を押し付けてフンフンとならす。

「大丈夫。
今はもうオシッコだしましたから、ハチ君、すっきり、天国やと思いますよ。
石も多分、ほとんど一緒に出たはずですし。
尿毒症にもなってないみたいですし、抗生物質しっかりのませて、一週間様子みて、また連れてきたげてください。」

看護士さんのお大事にという声に送られて、ハチを抱いて診察室を出る。

ほっとため息。
横の捨て男の肩からも力がぬけるんがわかる。
ハチはさっきまでのぐったりが嘘みたいにバスタオルから出たお尻尾をぶんぶん振ってる。

腕にぴしぴし当たって痛いやん。
痛いけど嬉しい。
元気がでてきた証拠やもん。

帰りのタクシー。
ほっとした途端、激しく襲ってくる自己嫌悪。
何でもっと早う気づいてやれへんかってんやろう。
どんなにしんどかったことか。
一番近くにおって、一番大切にしてると思うてたのに。
こんなギリギリまで気がつかんと。
あたしなんて飼い主失格や。

考えはじめると、どんどん気持ちがへこむ。
ごめんな、ごめんなと心の中で何べんも言いながら、ハチのおでこを撫でる。
失うたかもしれん、このあったかさ。

「良かったなぁ、たいそうなことにならんで。」

横の捨て男がしみじみ言う。
うん、ほんまに
と、返事したあたしの曇った声。

「どないしたん、元気ないやん。
今度は月ちゃんが石つまったような顔して。」

いつものようにニカッと笑う捨て男をぼんやり見る。
あたしの曖昧な視線を、捨て男がしっかり掴まえる。

「月ちゃん、自分のこと、あんまり責めたらあかんで。」

え?
 
「何で、気づいてやられへんかったんやろ。
何で、何で、何でって今、思うてたんとちゃう?」

うつむくように、頷くあたし。

「あんな、月ちゃん。
こんだけ心配してもうて、こんだけ泣いてくれる家族がおって、ハチはめっちゃ幸せもんやで。」

「ほんでも、気いついてあげられへんかったもん。
具合の悪いのん。
言葉が通じへんぶん、あたしが気いつけてあげなあかんかったのに。」

「ほんだら、これから気いつけてあげたら、ええやん。」

あっさり言う捨て男。
そら、そうやけどさ。

「できへんかったことをいつまでもグジグジ思うてもしゃあないやん。
それに、こいつ、無事やったんやし。」

それもそうやけど。

「だいたい、痛い思いしたんはハチやで。
月ちゃんばっかり、しけた顔しててどないすんねん。
ハチかて心配すんで。
そないにメソメソしとったら。」

そやで、ねえちゃん、
どないしたん?
と言うように、あたしを見上げるハチ。

いつもと変わらへんその一途な目。
もつれてた気持ちが、シンプルにほどけてくのがわかる。

良かったなぁ、おまえ、
もう、どもないか?
おチンチンつまったままやったら偉いことやったなぁ
とハチのおでこに手をのばす捨て男。

「長生きしてくれよ。
俺な、もういややねん。
人間でも動物でも、死なれんのんわ。」
と、それはハチに言うてんのか、独り言なんか。

結構まじめな目でそういう捨て男の言葉をわかってるんか、わかってないんか、気持ちよさそうに、あたしの腕の中でハチは目を細めてた。

| | コメント (6)

#22 サク婆のお好み焼き

家にもどったら、玄関の格子んとこにメモがはさんであった。
広げたらサク婆の字で一言。

「お好み」
 
あ、そうやった。
お好み焼きやったわ。
時計を見たら、もう1時すぎ。急いで電話。

最初は忘れてしもてたんかいなっ
と、プリプリの声やったサク婆やけど、事情を説明したら、
そら、えらいことやったな、
あんたらもお腹空いたやろ、
今から持ってったるわ
と電話が切れた。

サク婆のお好みを思うたらお腹がぐうと鳴る。
しかし、あたしも捨て男もひどい格好や。
あたしは結局、パジャマのジャージのままやし。
捨て男はまたしても、あちこちがシミだらけになった赤シャツ。
リーゼントも、何かもどしすぎのワカメみたいにダラーンとなってしもてるし。

「シャワーでも浴びてきたら。
サク婆来んのに、その格好やったら、二回戦もぼろ負けすんで。」 

あれ?
あたし、サク婆に捨て男のこと気にいってほしいんかな?

自分の格好をしげしげと見下ろして、捨て男も笑う。

「ほんま、わやくちゃやな。」

ほな、さっと風呂浴びさせてもらうわと、捨て男がタオルを手に風呂場に向かう。
ババンバ、バンバンバンと歌う声が廊下の向こうに消えてく。
その後をハチがあわてて追いかける。

え?
今までお供すんのは、あたしのお風呂だけやったのに。
ちょっとムッとしかけたけど。
さっきのハチにしゃべりかける捨て男の声が耳にまだ残ってる。

ま、ええか。 
一応、命の恩人やしな。

あたしも着替えだけでもしょう。
獣医さんに行くまでに入ってた力をほぐすように、首ぽきぽき言わせて階段をのぼった。

かつブシがゆうらゆうら踊ってる。
生きてるみたい。
うちのオカンは、踊り食いやぁぁぁ。
活きのええうちに食べなあ
というような冗談をよう言うて、ちいちゃい頃のあたしを、無駄にびびらせた。
そのトラウマか、あたしは今でもかつブシがのせられるやいなや、すごい勢いでソースとぐるぐるとかき回して、踊り食いを見んでもええようにしてしまう、いらちに輪をかけたような癖が出来てしもた。

それにしても、サク婆のお好み焼きはやっぱり絶品。
これって大阪のどこの家もそう思うてるんやろけど、うちのお好みは天下一品やってさ。
何ちゅうても基本の豚玉。
表面の豚はカリッとしててんのに、コテをお好みに入れたら、中はとろりとしてハフハフ。
そこに、しんなり温まったキャベツが一緒になって、口の中に広がる至福のハーモニー。

大阪人に生まれてきてよかったと思うひと時。
あたしが焼くとこうはいかへんのよね。
見かけもこういう風にぽってりやのうて、ドッテリとなってしもたり。
タネも、変にキャベツから水が出てしもてシャバシャバやったり、メリケン粉いれすぎてゴロゴロやったり。
たかがお好み焼き、されどお好み焼き。
大阪人というたらお好み焼きといわれるけど、これはDNAやのうて体験学習。
大阪に生まれたからというて、最初っから上手にお好みが焼けるわけやない。
天下一品となるまでは大阪人といえど、修行がいるねん。

サク婆のお好み焼き食べんのが初めての捨て男は、ひと口食べて、うううんと唸ってた。
これはタネの味つけに何使うてはるんやろとかいう、質問とも独り言ともつかんことをぶつぶつ言うてる。
こういうのん見ると、元板さんと言うんはほんまやってんなぁと思う。
(実はまだ、だいぶ疑うてた。)

しかし、サク婆が来るから風呂入るって言うから、まともな格好かなと思いきや、またもや赤シャツにリーゼントの捨て男。
そら、シャツも頭もさっきと違うてビシッとしてるけどさ・・・

「あんた、板さんやってんてな。」

今日もしみ一つないサク婆のパリッと白い割烹着の背筋はシャンと伸び、捨て男をじいっと吟味するように見つめる目。
ナギナタでも持たせたらエイヤッと切りつけられそう。
なんかあたしまで緊張する。
当の捨て男はとチラッとうかがう。

「はい、もうだいぶ前ですけど。」 

と答える捨て男は、しっかりサク婆の視線を受け止めてる。

「ほんで、何でまた、家政婦に職変えしたんや。」

「まぁ、それは色々ありまして。」

「色々って何や? 」

サク婆の追求はゆるまん。

「あれ?
陽子さんから、聞いてはりませんか?」
 
「聞いてるも何も、あんたと付き合うてることも知らんかったがな。」

何か、聞いたことある会話の流れ。
あたしも今朝、同じようなことをきいて、同じような返事されたかも。
自分のこと聞いてなかったんは、捨て男もわかってるやろうし。
これって、話しをかわそうとしてるんよね、きっと。
やっぱり聞かれたないことなんや、板前さんを辞めたそのあたりの事情。

「あたしも、全然知らんかったもん。捨て男のこと。」

横から思わず口をはさむ。
これってあたし、助け舟出そうとしてる?

「何や、その捨て男って。」

サク婆の眉毛の片方がぴくっとあがる。

「オカンが言うてんもん。拾てきたって。捨て男やって。」

「ほんまに、あの娘は。」 

呆れたように言いながらも、サク婆の口元は笑ってる。
オカンらしいと思てるんやろな。
オカンが突拍子もないことをするたんびに、怒りながらも、ほんまにこの娘はしゃあないなあと言う溜息まじりの笑いで最後は落ち着いてしまう。

サク婆はこわいけど、実はこのしゃあないなあと言うのんを聞くのは好き。
オカンとあたしの、ええとこも悪いとこも全部ひっくるめて、どおんとサク婆が包んでくれるようで。

「ちなみに僕、ええ拾いもんやと思いますよ。」 

と捨て男がえへへと笑う。
ううん、助け舟が波にのったみたい。

「働きもんやし、料理もできるし、見ての通りのええ男でしょ。
(またヌケヌケと。助け舟なんかいらんかったかな。)
何より、陽子さんのこと真剣に思てますし。」

捨て男の口元が引き締まる。
へぇ、こんな真面目な顔もできるんや。

「僕、ここ何年かずうっとインケツ踏みまくりのドツボみたいな人生やったんで、陽子さんとのことは、神さんがくれはったご褒美のような気がするんです。
もうこれで、一生分の運、使いはたしたかもしれへんなってぐらい。
でも、ええんです。
陽子さんは僕にとって、運全部使うてしもても全然惜しないぐらいの人なんです。」

切々とした誰かへの恋心を聞かされるというのは、結構めっちゃ恥ずかしい。
ひゅうと口笛をふいてごまかしたなるような。
それがまた自分のオカンへの愛の告白となれば、なおさら。

手元のお皿のお好みの残骸の紅しょうがを、箸の先で意味もなくチョイチョイとつつく。
聞いててええんかいなという心地。
でも、落ち着かんながらも、心の中に広がるぬくい気持ち。
あたしが好きなオカンをこんな風に思ってくれる人。

捨て男のひと言ひと言を、聞きこぼさんようにとでもいうように、じいっと耳かたむけてたサク婆やったけど

「ふうん。ま、ええわ。
ええ男ってとこ以外はみとめたろ。」

とニヤリと笑うた。

捨て男の肩がふうっと少し下がる。
へえ、ちょっとは緊張してたんや。

まあ、あたしら母娘の保護者のようなサク婆。
オカンと一緒になろうというんやったら、そら、あたし以上の難関やもんね。

| | コメント (7)

#23 素直にありがとう

サク婆はいつも真っ直ぐ公平に物事をみようとする。
見てくれや、肩書きや、そんなもんからの先入観を持たんと、出来るだけ真っ白な気持ちで人間と向きあわなアカンでとサク婆はよう言う。
ほんだら、その人間のほんまのとこがよう見えてくるって。

その昔、二十歳、無職、その上独り身で腹ぼてのオカンに、ただ一人手をさしのべてくれたサク婆。
あんたのお母さんな、駅のホームでもう死んだろかなっていうような気持ちの時でも、あたしが困ったふりしたら、ぱっと正気にもどってとんできたやろ。
あたしはちょっと気をそらそうと思うただけで、あんたのお母さんが寄ってくるとは思うてなかったんや。
他にも周りに人はおったしな。
ほんでも、とんできて一番にあたしの手をとったんは、あんたのお母さんやってな。
この娘は性根のええ娘やと思うたんやと、これもサク婆から何度も聞いた話し。

そんなサク婆がどうやら捨て男のことを気にいったらしいのを見て、あたしの中の捨て男の評価、そんなに悪い奴やないかもというのんが、ちょっとええ奴ぐらいに上がったかも。

「ふつつかもんですが、よろしくお願いします。」

と妙な挨拶をしてぺこりと頭をさげた捨て男。

「何やの、えらい固い挨拶をして。」

と言いながらも、まんざらでもなさそうに、ニッカリ笑うたサク婆。
その前歯には青海苔がついてた。 

食べ終わったお皿をかちゃかちゃ洗う捨て男。
相変わらずの赤シャツにリーゼント、腰には板さんが使うような白い前掛け。
サク婆の割烹着と同じぐらいにキリリとした結び目。
変な格好のそこだけに漂う職人さんの気配。

手伝うというあたしに、これは俺の仕事やからと頑としてゆずらず、無駄のない動作で立ち働く捨て男を、テーブルから見るともなく見てるあたし。

「ありがとう。」 

その後姿に声かける。

「え、何が?」 

と振り向く捨て男。

「いや。ハチのこと助けてくれて。」 

前掛けの隅の『割烹 服部』のちいちゃい縫い取りに目がとまる。

「病院ついていっただけやんか。
助けてくれたんは獣医さんやんか。」

なあハチと、流し台の側でお座りして、捨て男をじっと見上げてたハチに目をやる。
(えらいなつきようや。)
返事するようにハチの尻尾がゆれる。

「いや、そんなことないよ。
あたし、ハチが具合が悪うなったんなんて初めてで、頭がひくり返ってしもたもん。
すごい声にびびってしもて、よう抱きあげもせんかったし。」

あの風呂場にひびいたハチのギャオオオオオオンと言う悲痛な声が耳によみがえってくる。
捨て男がいてへんかったら、あのまま、あたしは風呂場にペタンと座り込んでしもて泣くばっかりで、ハチの膀胱はめげてしもてたかもしれん。

「そんな神妙な顔せんと。無事やったんやし。」

キュッキュッと気持ちのええ音を立てて、捨て男の手の中で磨かれてくお皿。

「そういうとこ、陽子さんと一緒やな。」

笑いながら振り向く捨て男。

え?
どういうとこ? 

「そういう、素直にありがとうとか、ごめんなさいって言えるとこ。
言葉は簡単やのに言うのんは難しかったりするやんか。」

こういうことを照れんと言えるんって、よっぽどのたらしか、能天気か。
どっちやろう? 
まぁ、どっちでもかまへんか。
ハチの命の恩人には違いない。

お前も素直で、かいらしなぁ
と、足元のハチの耳の後ろをしゃかしゃかと掻いてやる捨て男。

それに応えるようにハチがふる尻尾が床をうつパタパタという音が、耳に心地よかった。

| | コメント (7)

#24 聞いてええんやろか

「ふうん、じゃぁ、服部君は、月ちゃん的には合格なんや。」

熱々のお絞りを持て余すように右手から左手、左手から右手へと、ちいちゃくキャッチボウルするように投げもって、センセイがニッコリ笑う。
楽しそうな目。

「合格っていうか、最初の印象が悪すぎたやもん。」

今さっき、センセイに話した昨日の出来事を頭の中で反芻する。

「最初の印象ねえ。
僕は全然悪うなかったけどなぁ。」

運ばれてきた先付けの、滑りのええ筍の薄い身を箸先でとらえる器用な指先。
お箸の先まで神経が通ったようなその滑らかな動きに比べて、つるつるとした筍の身を何度もとらえそこねてる自分がひどく不器用な人間のような気がする。

それは抱かれてる時でも一緒のようで、やすやすと自分という人間をとらえてしまうセンセイの腕の中で、しっかりと背中にまわした手とは裏腹に、とらえきれへんもんをセンセイの中に感じてしまう心もとない気持ち。

「あれから、ちょっと考えててん。
服部君とは、やっぱりどっかで会うたことあったなぁって。」

いつものように、お水の入ったぐい呑みをかたむけるセンセイの目には酔いのかけらもなくて、日曜日にうちの居間でかっけふー、かっけふーと自分で掛け声をかけながら、せわしないバッティングの物真似をしてた人とは思われへん。

「服部君のお祖父さん、島崎さんに入院してはったんとちゃうかな。」

頭の中で、現役の頃には見たことのないミスタータイガースと、居間で見えへんバットをふってたセンセイの姿を重ねてみようと焦点をしぼってたあたしやったけど、思わん言葉に目の前に焦点がもどる。

「え?それ、まだ、うちのお母さんが島崎病院で働いてたとき?」

「うん、そうやな。確か5年か6年ぐらい前のことや。」

頭の中で何かがカチッと合う音がしたような気がした。
合うた先に見えた答えを確かめてもええんやろうかと立ち止まる。

捨て男が言いたくなさそうにしてたことを、こんな風にちゃうとこで探るようなことをしてええんやろうかという気持ちと、確かめたい気持ちと、心の中のはかりにかける。
ゆらゆらと戸惑うように揺れてたはかりが、かくんと傾く。
確かめたいという目盛りの方に。

「何の病気で入院してはったん?
捨て男のおじいちゃん。」

手元でゆっくり廻してるぐい呑みに目をあてながら、センセイが一瞬目をしばたかせる。
自分から始めた話題やのに、言いよどんでる。

「服部君からは、まだ何にも聞いてない?」

何にもというのを微かに首をふってしめす。 
言うてええんやろかという気持ちと、聞いてえんやろかという戸惑う気持ちが、センセイとあたしの間に横たわる。
あたしが目でうなづくのんを見て、センセイが話し始めた。

捨て男のおじいさんの入院してたんは、介護病棟やった。
それもオカンが勤めてた重度要介護の。

冷え込んだ日が続いた後の、久しぶりに日差しがやわらんだ日、センセイが休憩時間に中庭に出たら、車椅子を押されて散歩に出てるお年寄りと、その付き添いの若い男の人が目にとまった。
ほころびかけた梅の枝を黙って見上げてた二人の後姿に、今日は久しぶりに気持ちのええお天気ですねぇと声をかけたセンセイ。
ちょっと驚いたように振り返った車椅子の後ろに立つその顔に、何か見覚えあるような気がした。
前に診たことのある患者さんかなぁって思いながらも、車椅子に座るそのお年寄りに、初対面の患者さんに挨拶するつもりでかがみこんだ。
はじめまして、リハビリの村上ですと言う言葉にお年寄りの反応はなかった。
にごった黄色い目には光がなく、そのひざの上に乗せられた右手がちいちゃく、そのひざを叩くように動いてた。
トントントンとリズムをつけて。

認知症、それもかなりすすんだ認知症の患者さんみたいやった。
かがんだまま、それでもセンセイはもう一回、こんにちは、リハビリの村上ですとそのお年寄りのひざに手をおいた。
お年寄りの手のリズムはやっぱり変わらへん。
手の動きにおされて、ひざ掛けがちょっとずれた。
その下からのぞく白い前掛け。
隅にちいちゃく『割烹 服部』の縫い取り。

思わず目をあげると、車椅子の横に立つ青年が目をあわせる間もなく深く腰を折った。

「ご無沙汰してます、村上先生。その節はお世話になりました。」
と。

| | コメント (6)

#25 捨て男とおじいさん

捨て男のおじいさんは、それより3年ほど前にも2ヶ月ほど島崎病院に入院してた患者さんやった。
わき見運転の軽自動車に巻き込まれての右足の複雑骨折で。
その時のリハビリの担当医がセンセイやった。

リハビリは辛いもんやとセンセイは言う。
怪我したとこを元にもどすように訓練するだけやろと、やったことのない人間は軽く言う。
ついこの前まで何の支障もなかった自分の身体の一部が言うことをきかないことへの辛さ。
じれったさ。

一歩を踏み出すことに、ただ関節を曲げたり伸ばしたりすることに、脂汗がにじむような時間と努力。
何よりも、この努力の先に昔と同じ自分があるんかどうかわからへん、手探りで灯りのない道を進んでいくような心もとなさ。
自分のおるんは、いつか抜け出られるトンネルなんか、行き止まりの袋小路に向かってんのか。
がんばって、がんばってと励ます自分の声がとってつけたもんのように聞こえることがあると、ずうっと前にセンセイには珍しく落とした声で言うてたことがあった。

年いってからのリハビリはなおさらやと。
回復もおそいし、もうこの先死ぬまで何ぼもないのにもうええと、投げやりになってしまうたり。
横で熱心に励ますどころか、面会にも来えへんような家族やと、それは尚更のことになってしまうのかもしれん。

そんな中、捨て男のおじいさんは、痛いとも辛いとも言わず、周りの人がもうちょっとボチボチ行ったらええのにっていうぐらい毎日一生懸命リハビリに励んではったらしい。
白髪頭をきりっと角刈りにした頭で、背筋をシャキンとのばして、毎回リハビリが始まる前には、先生、今日もよろしくお願いしますと折り目正しく挨拶してたらしい。
その後ろで同じようにかしこまって頭を下げてたのが今思えば捨て男やったと。

リハビリへの付き添いはもちろん、部屋に戻ってからのベッドの上でのマッサージをかねた柔軟体操の補助も捨て男が熱心にやってた。
毎日の会話の中から、捨て男とおじいさんがどうやら二人暮しであること、二人で『服部』というちいちゃい割烹をやってることなんかがわかった。

週に何べんかは捨て男がお昼に二段重ねのお重を携えて病院にやってきた。
中庭でお重を広げるのを覗きにいったら、いや今日の仕込みのもんなんですけどと、捨て男は照れくさそうやったけど、蓋を開けた中には、見事な仕出し弁当がつまってた。
先生もよろしかったらどうぞと言われてお相伴させてもうただし巻き卵は、ふっくらと、でも一口食べると口の中に澄んだおだしがしゅみわたるようで、今でも忘れられへんわと笑う。

うわあ、むちゃくちゃ美味しいですわ
と卵をほおばった口で言うセンセイに、
いやあ、こいつの味はまだまだですわ
と言いながら、おじいさんの顔はそれは嬉しそうやったらしい。

一日も早う足治して、店に戻って、こいつをしっかり仕込まんとね
と言うおじいさんの横で、
そんなん言うて、早う僕と店に立ちたいんやろ、おじいちゃん
と、捨て男が笑うてたらしい。

この上なく仲のええ祖父と孫。
幸せな光景。

あの時のふたりと、今、目の前にいてるふたりが3年前と同じふたりやとセンセイの頭が納得するまで、ちょっと時間がいった。

ほんの数年前には鉢巻と前掛けをしてなくても、頑固で腕のええ職人さんオーラが身体から滲み出てたおじいさんと、線はおじいさんよりは柔らかいけど、その芯にはおじいさんとおんなじように、真っ直ぐで強いもんが通ってそうやった捨て男。

その時とは別人のように生気を失ったおじいさんと、その横で視線をさけるように目を泳がせる目の前の捨て男。

「祖父は今でも店に立ってるつもりなんです。」

ちょっとの沈黙の後、捨て男が口にしたのはそんな言葉やった。

「店の板場で包丁使うてるつもりなんです。」

辛そうに言う捨て男の前でおじいさんは捨て男やセンセイには見えへん包丁でトントントンとひざの上で料理を続けてた。

医者っていうのは考えられへんぐらいの奇蹟を目にすることもあるけど、考えもせえへんかった絶望も見なあかん商売なんやなあと、おじいさんの口の端から細くつたう涎を見ながら、センセイはその時また思たって。

まさかそんな事があったなんてという気持ちと、やっぱりそんな事がと思う気持ちが両方浮かんだ。みぞおちに冷たいしこりができてしもたような感じ。
目の前には、ちょっと前に運ばれてきた、アサリの酒蒸し。ぷっくりとした身が美味しそうな湯気を立ててるけど、手がのびへん。アサリの上に散らされた三つ葉がみるみる内にしおしおと、くたってくのんを見てるだけで。
やっぱり言わんかったほうがよかったかなと、気づかう風のセンセイ。いや、うちのオカンの婿さんになるかもしれへん人のことやもん、知っててよかったと言うたもんの、ほんまはやっぱりちょっと複雑やった。捨て男という人をもちろん知ったほうがええんやろうけど、捨て男が話したなかったことを、他の人から聞くっていうんは、捨て男のことを知りたいというより、ただのやじ馬根性やったみたいやから。
そのくせ、ほんでおじいさんはどうやって亡くなりはったんやろう、何で捨て男がそれを自分のせいやって言うてるんやろう、その二人でやってたお店はどうなったんやろう、この前センセイとうちの家で会うた時まるきり初対面みたいにふるまってたけど、すぐにわかってしまうと思えへんかったんやろかと、色んなハテナが頭に浮かんで来る。
そんな気持ちが顔に出てたんやろか。
「 僕がおしゃべりなんや。月ちゃんが気にすることやない。」
センセイがあたしの手を自分の両手でやわらかく包んでくれる。冷えてた気持ちに熱が少うしづつ通ってく。

| | コメント (6)

#26 お月さん

ほんでも、その日は会話がやっぱり止まりがちで、
まだハチも心配やし
と、ほんまのことが言いわけに聞こえるような雰囲気の中、
早々と店を出て、センセイの車で家に向かう。

綺麗な夕焼けの名残が遠くの空に薄紫色のすじを残してる。
それを見上げるようにドアにもたれたら、ひっそりとお月さんが見えた。
まだ夕暮れの気配が残る薄い空に浮かぶお月さんが見えた。
間違うて、うすく切りすぎた大根のようなお月さんが。

目をこらせばこらすほど夜の中にまぎれようとしてるような。
そんなお月さんを見上げてたら、何でか知らん、捨て男のしてた白い前掛けが頭に浮かんだ。
隅にちいちゃくお店の縫い取りのあったあの白い前掛けが。


少し冷んやりしたキスの後、
ほんだら、またすぐに
と言うて、トンネルの手前でセンセイの車をおりた。

明るすぎるほどの蛍光灯の明かりの中(昔はこんなに電気がついてなくて、よう痴漢が出た)コンクリートの壁に自分の靴音をひびかせながら歩く。
くぐりきったところで振り向いたら、いつものように見送ってくれてたセンセイがパパンと短いクラクションをならしながらUターンしてく。

この間の晩はトンネルのこっち側まで来て急に縮まったあたしとセンセイの距離がまた元にもどったみたい。
淋しいような、ほっとしたような。

距離をとってるんはあたし。
何でやろ。
何かまだこわいような気がして。

こわい?
それこそ何がこわい?

自分の気持ちやからと言うて、何でもわかるわけやないんやなと思う。
この頃のあたしの心の中はいつも、ちょっとピントが甘い写真のようや。
前はもっと、くっきり生きてたような気がすんのに。
最近のあたしはさっきの窓からのお月さんみたいに、淡淡とぼやけていってしまうような。

夜の空気の中を漂うような心地で家に向かって歩いてたら、遠く後ろから呼ぶ声。

「月ちゃあああああん。おかえりいいいい。」

オカンや。
振り向くと、遠くで大きく手をふるオカン。
白い手がひらひらと蝶々みたいにゆれてる。
足元では引き綱をぐいぐい引っ張って全身でこっちにこようとしてるハチ。

あ、夕方の散歩やったんや。
今日はえらい遅いなあ。

「今出てきたとこやねええええん。
月ちゃんも一緒においでよおおおお。」

両手をメガホンにして叫ぶオカンの方へ慌てて走ってく。
よかった。
ハチのこと、実はほんまに気になっててん。
本人(本犬?)は、ほんまに具合悪かったん?っていうぐらい元気やけど、まだ、風呂場でのことがあって間もないのに、ほったらかしてセンセイと会いに行くやなんて。

オカンとハチにようやく追いつく。
わぁ、今日はねえちゃんとおかあちゃんと二人も一緒や、
うれしい、うれしい、
僕どうしょうっ
とでも言うようにピョンピョンと、子ヤギのようにとび跳ねるハチ。

さっきまでちょっと凹んでた気持ちがそんなハチの姿に嘘みたいにふくらんでく。
よしよしと頭をぐりぐりしてやり、二人と一匹で歩きだす。

目の前をこわれた戦闘機みたいにジグザグに飛んでく蝙蝠の影たち。
ちいちゃい頃から見慣れた光景。
昔、まだ小学生やったとき、遠くの街から引っ越してきた転校生がこの蝙蝠を見て泣いてこわがったことがあったなぁと、ふと思いだす。

人間っておもしろいよなぁ。
最初からずっとそこにあるとそれが当たり前のように思える。
父親がいないことも、オカンとの二人暮らしも。

ちょっとだけやけどお酒を飲んでたせいか、いつもより息をはずまして田んぼに続く坂をのぼってく。

ひゃっほう、ひゃっほう!
田んぼ、田んぼ、田んぼ
と、毎回ようそんなに喜べるなあっていう勢いのハチを放してやる。
弾丸のように走っていく姿が夜にまぎれる。

ちょっと不安で思わずハチーと声をかけたら、また弾丸のようにすぐそばまで戻ってきて、
何?何?
ねえちゃん
と、
呼んだ?呼んだ?
僕のこと呼んだ?って
キラキラした目で見上げてくる。
ほんまに可愛いやっちゃ。

用事ないんやったら、行ってきまっさー
と、またすごい速さできびすを返したハチがすぐに遠くなる。
すごい元気やなぁ。
ほんまにチンチンつまってたん?あの子
と、オカンがウフウフ笑いながら言う。
あの、はしゃぎようは、チンチンにつまってた石が脳みそにまわってしもたかもしれへんなぁと今やから言える冗談をあたしも言うて一緒に笑う。

夜風が田んぼの土の匂いがする。
朝の日なたの乾いた田んぼの匂いとは違う、ちょっと重い湿気を含んだ匂い。

柵にオカンとふたり並んで腰掛ける。
宵闇に浮かぶオカンのちいちゃい横顔が、いつもより青白く見える。

「ごめんな、色々びっくりさせて。」

オカンが急に言う。

「え、何が?」

遠くのハチの姿を目をこらすようにして見てたあたしはほんまに咄嗟に何のことかわかれへん。

「何がって。研ちゃんのことやん。
突然結婚するって言いだしたり、あっと言う間にうちに研ちゃんが来てしもたり。」

オカンのすまなそうな声。
オカンのこういう声にあたしは昔から弱い。
普段めちゃくちゃ明るいのに、時々子供のように心もとない顔をするときがあるオカン。

「しゃあないやん。
オカン、言い出したら絶対聞かへんし。」

「月ちゃん、また、おっとなぁな言い方してえ。」

おっとなぁと妙な節まわしが笑える。

「それに、捨て男、なんか色々事情あるみたいやしさ・・・・
今日、村上先生からちょっとだけ聞いた。」

言いながらチラッと隣のオカンを見たけど、横顔の輪郭だけで表情は夜の暗さの中でようわからへん。

「事情なぁ。
まぁ、人間、みんな誰でも事情があるしなぁ。」
と、ぽつりとした口調のオカン。 

センセイからの話しを聞いて、頭に浮かんでた捨て男へのハテナを口にしてみようかと思たけど、やめた。
ほんまに聞きたかったら、捨て男に聞いたらええ。
自分の口から言いたないことは、きっと他人の口で話されるんもいやなはず。
それよりそうや、オカンに聞きたかったことがあったわ。

「オカン、捨て男のどこが良かったん?」

月ちゃん、まだ捨て男って呼んでるんかいなとオカン笑いながら、

「せやなぁ。どこやろなぁ。
やっぱりあのヘラヘラしたとこかなぁ。」

へ?
ヘラヘラしたとこ?
仏壇の父の男らしくきりっとした眉毛が頭に浮かぶ。
お父さん、あなたの元妻は今度はどうやら全然ちゃうタイプの人を好きになったみたいですよ。

「研ちゃんな、ああ見えて苦労しいやねんで。
でも一見はちゃらちゃらヘラヘラしてやるやろ?
ようさん辛いことあったやろうに、ああやって何の悩みもないみたいに見えるんは偉い子やなあって思うてさ。」

ハチを探してるんか、田んぼの遠くの方を見ながら話すオカン。

「村上先生から聞いたかもしれんけど、研ちゃんのお祖父さん、島崎さんに入院しててなぁ。
そら毎日のように病院に通うて来てやったわ。
その時から偉い子やなあと思うてたけど、一回り以上も歳が下の研ちゃんと、まさか今みたいになるとは思えへんかったわ。」

「でも捨て男は一目惚れみたいなこと言うてたけど。」

「え? ほんま?
ははは、そら光栄やわ。」

オカンの大きな黒目がちの目がくるくると動く。 

面会ぎりぎりまでおじいさんの病室におった捨て男と、島崎病院の近くの小料理屋の『福耳』で、仕事帰りのオカンと何回かばったり会うことがあったらしい。

そう言えば、捨て男がオカンにプロボーズしたのも『福耳』やったって言うてたっけ。
あれ、ほんでも、今働いてるクリニックからは遠いのに、何であの日に『福耳』行っててんやろう、オカン。
島崎さんとこに用事でもあったんかな?

せやけど研ちゃん、時々泣き上戸になることがあってなぁ、ほんま子供みたいに顔ぐしゃぐしゃにして泣くん見てたら可愛いいてなあと話し続けるオカンの声が耳にひびく。

「ほんでも、付き合うてなかったんやろ?」

「うん。研ちゃんはあの調子やから、付き合うてくださいとかそんな事言うてたけど、まさか一回り以上も歳が上のおばちゃんにそんなん本気で言うてると思えへんかったし。
それにやっぱり薫さんのこと忘れられへんかったし。」

薫さんと、父の名前を慈しむように発音するオカンの唇。

「ほんだらまた何で急にその気になったん?
酔うた勢い?」

「そんなん、それまでにも二人で飲んでて酔っ払ったことはあったよ。
あったけど、あの晩はお母さん、ちょっと落ち込んでて、泣いてしもてん。」

え? 泣いたん? 
何にそんなに落ち込んでたんやろ、滅多に人前で涙を見せたりせんオカンやのに。

「ほんだらな、研ちゃんがな言うてくれてん。
悲しいときも辛いときもずっと傍にいさせてください、陽子さんの人生、僕に見守らせてくださいってさ。」

それって
と、思わずオカンの顔を見る。

「そやねん。
お母さんがその昔、薫さんに言うたんといっしょのセリフ。」

| | コメント (6)

#27 白無垢着てええ?

竜巻にさらわれるように、気が付いたら一緒になってたオカンと父。

婚姻届を出しにいった次の日、父が職場で倒れた。
腎臓癌やった。
それも末期の。
その週末は二人だけで神社で結婚式もする予定やったのに。

もって半年とお医者さんに言われた日、父はすぐさま別れようとオカンに切りだした。
会ってからの、こわいぐらいの幸せな思い出だけを持って、オカンに生きていってほしい、辛い悲しい思い出をしょわせて残してくような事はしたないって。

その時のオカンが答えたのがこのセリフ。

「悲しいときも辛いときもずっと薫さんの傍にいさせて。
薫さんの残りの人生、あたしに見守らせて。」

って。

「それを知らんはずの研ちゃんが、おんなじようなこと言うのん聞いて、ああ、もしかして、薫さんが引き合わせてくれてんのかなあって思ってさ。」

ほんまにそうなんかもしれへんなと、あたしもふと思う。

蛙の声が聞こえるにはまだまだ早い、サクサクとハチが遠くで土を踏んでたてる以外に静まりかえった田んぼ。
あたしの心の中もおだやかな静けさ。

すうと夜の空気を吸い込む。
冷たくて、ええ気持ち。
あお向いたら、多くはないけど、白く強い光の星がいくつか空に見える。
オカンも一緒に空を見上げる。
子供がするみたいに空を見上げたまま足をブラブラさせるオカン。

「月ちゃん。お母さんも実は聞いてほしいことがあるねんけど。」

そう言うオカンの語尾はちょっとふるえてて、そのふるえがあたしの心に伝わる。

何、何?
ちょっとこわいドキドキ。
ふるふるふるふる。

あお向けてた顔をこっちに向けて、オカンがあたしをじいっと見てるんを横顔で感じる。結構固まるあたし。
そんなあたしが見えてるんか、言いよどむ気配のオカン。
黙る二人の間を田んぼを渡った夜風が吹き抜けてく。

ええ、何?
も、もしかして、もしかして、おめでたとか?
ええっと。
オカンっていくつやったっけ。
確か45?
最近はその年でも産みはる人いてはるって聞くけど。
それより何より、あたし、お姉ちゃんになるわけ?
ああ、どうしよう、妹かな、弟かなと、
どうせなら妹が欲しいけど、女の子は父親に似るっていうし。
捨て男似の女の子・・・うんんん。

ハチと同じぐらいの弾丸スピードでそれこそ地の果てまで行きかけてたあたしの爆想を、オカンの一言が呼びもどした。

「白無垢着てええかな?」

白無垢?
え?
おめでたやなくて、白無垢?
ええと、ほんで、なんで白無垢なん?
と言いかけて、
そうか、結婚するんや、オカン。
そうか、そうか、結婚と結婚式がイコールになってなかったけど。
そうか、結婚するということは、結婚式もするかもしれんってことやってんなぁ。
また目まぐるしく浮かぶ思いの中に、足とられそうになるあたし。
 
すぐに返事をせえへんあたしが反対してると思うたんか

「やっぱりみっともないかなぁ。
かつらなんか被ったら、仮装大賞みたいになってしまうやろか?
でも薫さんの時も結局お式出来へんかったし。」

と顔をくもらせるオカン。

そうか、そんな事いっぺんも言うたことなかったけど、花嫁衣裳に憧れてたオカンの気持ちはあたしもわかる。
あたしもちいちゃい頃からいつかはと思うてるもん。

「ええやん、着たら。仮装大賞でも。」

慌てて答える。

「ええええ、やっぱり、仮装大賞やのん。」

と口とんがらすオカンに

「バカ殿よりましやん。」

と混ぜ返す。

ひゃあ、バカ殿ぉとオカンが笑う。

もちろん、あたしはそんな事を思うてなかったけど。
きっと綺麗なはずのオカンの花嫁姿が、もう頭に浮かんでた。

45の白無垢、仮装大賞、バカ殿、きっついなぁなどと言いもって肩を叩き合うてゲラゲラ笑うあたしらの声にハチももどってきた。

ねえちゃん、おかあちゃん、
何がそんなに楽しいのん?
僕もよしてえなぁ。

二人を見上げてぶんぶん尻尾をふる。
自分も一緒に笑うてるみたいに八ッハッとベロを出しもって。

ふと不思議やなぁと思う。
ほんの一週間もせんうちに捨て男があらわれて、初めは結婚なんてとんでもないって思うてたのに、今はもうオカンの花嫁衣裳のことでこうやって笑うてる。

時間も人間も一瞬として同じとこにはいてへんねんなぁ。
1秒前、いや多分、1分前でも同じようなことを感じてたはずやのに、色んな時がつながって、色んな思いがつながってこうやって流れてく。

あたしらのハイな気持ちが伝わったんか、いつまでも、ぴょんぴょんと跳びまわって、散歩ヒモにつながれたがれへんハチを、やっとのことでつかまえてテクテクテクテク、ちょこちょこちょこちょこと、二人と一匹で家に向かう。

もう一度空を見上げる。
さっきまでぼんやりとしてたお月さんが、今はくっきりと夜空に白く浮かんでた。
綺麗すぎて悲しいぐらいのお月さんが。


ずっとずっと後に思う。

あの晩、オカンが聞いてほしかったことは多分別のことやったんやって。
笑いにごまかして実は言われへんかったこと。
聞いてほしいことがあんねんってちょっとふるえて聞こえたオカンの声の後ろには、ふるえたオカンがやっぱりいてたんやって。

| | コメント (6)

#28 夜中の月見酒

次の土曜日にはもう、オカンと一緒に衣装あわせに行った。
さすが鉄は熱々のうちに打ちまくらな気がすまんオカンやなあと、その手配の素早さに感心した。

あの晩家にもどってすぐに、オカンが捨て男に白無垢の話しをしたら、冷蔵庫から、今日のデザアトオオと変な掛け声と一緒に取り出しかけてたわらび餅を(もちろん捨て男の手作り)あやうく床に落としかけた捨て男。

あわわ、わらび餅がぁと慌てたあたしらの前で、セーフで救われたそれを手にもったまま、今度はやったああああという奇声と一緒にグリコのマーク。

捨て男の頭上の小鉢の中でぷるんぷるん震えてるはずの
わらび餅を思うて、気が気じゃなかったあたし。

ほんまにほんまに陽子さん、
俺と結婚してくれるんや
と気持ち悪いほどの笑顔の捨て男。

何を言うてんのん、
もう一緒にも住んでんのに
とオカンは笑たけど、
いやあ、また追い出されるかもしれん
と、実は毎日どきどきしてたと言う捨て男の目はちょっと潤んでたりして。

明日は赤飯と鯛の尾頭付きやと、もう明日が結婚式のように舞い上がってた。
その興奮がうつって、また捨て男の周りをぴょんぴょんとび跳ねるハチ。

なんか最近にぎやかな我が家や。

陽子さんが白無垢やったら僕はもちろん羽織袴かあと、これまた目尻をさげてた捨て男の衣装合わせはさっきした。
悔しいが意外に似合うてた。
どう見ても白のタキシードとかが合いそうな濃い顔やのになぁ。
似合うもんやなぁ。
ま、時代劇の役者さんってそう思えば顔濃いかも。
濃くてヘラヘラした顔がきりっと見えるから袴って大したもんや。

もちろん一緒に来てるサク婆も、馬子にも衣装やないのと褒めたぐらい。

髪型がもうリーゼントやなくなったっていうんもあるやろな。
いくら何でも羽織袴にリーゼントはお笑いになってまう。

そうそう、捨て男の髪は今朝からリーゼントやなくなった。
赤シャツも、もう着てへん。

その日がすむまではって言うてた家政婦をしてたおばあちゃんの初七日が、おとといやったらしい。
何にも言えへんから知らんかったけど。

その、おとといの晩、夜中にのどが渇いて台所におりていったら、裏庭に捨て男が立ってた。
一瞬、泥棒かと体がこわばったけど、暗がりでも目立つその赤シャツは捨て男に違いない。

ぴくりとも動かへんその後姿におそるおそる近づいてったら、一心に手を合わせてた。
その肩が小刻みに震えてるような。

捨て男の周りにはりつめられた、しいんとした空気を乱したらあかんような気がして、
声はかけんと、そのまま、そおっと部屋にもどろうとした。

一緒に起きてきたハチが、
どないしたん?ねえちゃん
と足元で見上げてるんに、
しいいいいっ、部屋にもどろう
と身振り手振りで合図したけど、さすがにその気配で捨て男が振り返った。

泣いてた。

「月ちゃん、起きてたんか。」

ちょっと慌てた風にシャツの袖で目をぬぐいながら、ぎこちなく笑う捨て男。 
お月さんの光がしんしんと捨て男の上にふる。

「喉渇いて目ぇ覚めてん。」

自分のいつもの声が夜の静けさにひびくみたいに聞こえる。

「ほんだらちょっと一杯やる?」

くいっと杯をあげる仕種の捨て男。
ちょっと迷ったけど、夜中の月見酒もええかも。

よっしゃ、飲もか。
何飲む?缶ビールでええ?
取ってくるわ
と言いながら台所に入る。

冷蔵庫を開ける。
夜中の冷蔵庫って宇宙船みたい。
電気をつけん真っ暗な台所にそこだけぽっかり扉の向こうからもれる黄色い光。

キンキンに冷えた缶ビールを2本もって縁側にもどる。
プシュッとプルトップをあけて、ちいちゃく乾杯。

オカンの旦那になるってことはあたしのお義父さんになるってことやねんなあと思うと不思議。
思わずしげしげと捨て男を見る。

「何? 今日も男前?」

ポーズを作ってニカっと笑う捨て男。
さっき泣いてたんは見間違いかなぁ。

「いや男家族が出来るんやと思うとなんか不思議な気がしてさ。」

「え、月ちゃん、俺のこと家族って認めてくれたん。」

何でこの人、こう照れもせず手放しで嬉しそうな顔ができるんやろ。

「認めるも何も。オカンは言い出したら絶対聞かへんしさ。」

なあ、ハチと、そばで寝そべるハチの背中をなでる。
尻尾だけがパタンパタンと返事する。

「陽子さんのそういうとこがまたええなぁ。」

と目尻を下げる捨て男。
このわかりやすさ。
この人いくつやねんやろ。
そう言えば歳も知らんわ。

「捨て男って、歳いくつ?」

「今年30。」

うそ! 
あたしと5つしか変われへんやん。
そんな若い人がもうすぐお義父さん?

「30やなんて、オトウサンっていうより、オニイチャンやん。」

「娘もええけど、妹もええなあ。
俺、ずうっと兄妹ほしかったんや。」

「え?でも名前はケンジやろ?次男坊かと思うてたけど。」

「ちゃうちゃう。俺の研二は沢田研二の研二。
オカンがジュリーの大ファンやったからさ。」

「ははは、それまた軽いオカンやなあ。」

なんか捨て男のオカンらしいと思いながら笑うあたし。

「うん、ほんまに軽いオカンでなあ。
俺のこと産みっぱなしでどっかに行ってしもたんや。」

あはあは笑う捨て男。
あたしの笑いがこわばった。
そうや、おじいさんと二人暮しやったって聞いてたのに、そこには事情があるはずやのに、
自分の考えの浅いのんがいやんなる。

「ごめん。しょうもないこと言うて。」

慌てて謝ったあたしに、

「いやいや、ええよ。ほんまの事やし。」

と顔の前で手をふる捨て男。

| | コメント (8)

#29 家族になるねんもん

結婚に反対した捨て男のおじいさんを振り切るようにして、捨て男のお母さんが家を出たのはまだ捨て男のお母さんが18の時やったらしい。

捨て男のお母さんのお母さん、つまり捨て男のおばあちゃんとも早くに死別して、捨て男のお母さんを男手一つで育ててたおじいさんには晴天の霹靂やった。

今日か明日かとそれでも捨て男のお母さんからの連絡を待ちわびてたおじいさんの前に、まだ3つになるかならんかの捨て男の手を引いて、捨て男のお母さんが現れたんは家を出てから5年ほど後やった。

嬉しさと戸惑いと腹ただしい気持ちで、すぐに言葉が出えへんおじいさんに、つないでた捨て男の手を押し付けるようにして、
違う人と一緒になることになってん。
その人、子供嫌いやから、
この子の面倒、お父ちゃんが見たって
とまくしたてて、引き止める間もないうちに、少し離れてたとこに待たせてたらしいタクシーで走りさってしもた捨て男のお母さん。

捨て男はその時のことはあんまり覚えてないんやけど、タクシーを降りた時にお母さんが捨て男の両肩に手をおいて目をじいっと見ながら言うた言葉は覚えてた。
ケンちゃんは今日からおじいちゃんと一緒に住むねんで。
おじいちゃん、板前さんっていうて料理を作りはる仕事してはるからな、
美味しいもん毎日食べさせてもらいやっていう言葉。
それ聞いて、そうかあ、これから毎日、美味しいもん食べられるんやあと嬉しかったんや俺、呑気なガキやろ?と笑う捨て男。
あたしも一緒に笑おうとしたけど上手くいかへん。

「おじいはんはな、孫の俺が言うのんも何やけど、格好のええ人でな。
しゃきっとしてて、曲がったことは大嫌いで、頑固で。
ほんでも情が厚うてなぁ。
浪花節を絵に書いたような人やった。」

ほんまに、おじいさんのこと好きやったんやろうなぁというんが、捨て男のあったかい声の調子からにじんでる。

「俺のオカンが言うたんはほんまで、毎日、そら美味しいもん食べさせてくれたわ。
でっかい魚を手品みたいに綺麗にさばくんみて、格好ええなぁて思た。
俺も大きなったら板前になりたいなって思た。
いっつも魚さばく前は、必ず手を合わせてからおろしてて、
おじいはん何してんのんって聞いたら、
食べるっていうことは命をわけてもらうことや。
大事な命をわけてくれておおきにって
感謝のしるしでこうやって手を合わせるんや。
ケン坊もな、食べる前にはちゃんと頂きます、
食べた後にはご馳走様って手を合わせるねんぞ。
命をわけてくれたもんと、
それを作ってくれたもんに感謝の気持ちを忘れたらあかん、
ほんで絶対食べもんを粗末にしたらアカン
ってよう言うとったわ。」

「ええおじいちゃんやね。」

食べるということを大事にする人間をあたしも尊敬する。

「うん。ほんまにええおじいはんやった。」

ちょっと捨て男の声が潤む。

「ええおじいはんやったのに・・・・俺のせいで死んだようなもんや。」

搾り出したような捨て男の声の調子に一瞬なんて言うたらええんかわからへんかったけど、やっぱり聞いてしまう。

「それ何でか聞いてええ?」

両手でビールを持ってた捨て男の指に一瞬力が入って、パコと缶がしなる音がする。

「話すの辛かったらええねん、ええねん。」

慌てて自分の言葉をかき消そうとしたけど、自分の手元に目を落としてた捨て男が、顔をあげる。

「いや、聞いてもうといたほうがええねん。月ちゃん、僕の家族になんねんもんな。」
そう前置きして捨て男は話し始めた。

| | コメント (6)

#30 消えた相方

おじいさんが事故にあうて入院してた時、捨て男はお店もあけててんけど、病院に通いもっての一人での切り盛りはやっぱりきつい。
事情を知った調理師学校時代からの連れが手伝いに来てくれることになった。

「息があうっていうんかなぁ。
長年の漫才の相方みたいにぽんぽん言葉がとんでなぁ。
お客さんらからも板前やめて二人でコンビ組めってよう言われたわ。」

人当たりもようて、料理の腕もええ、真面目な仕事ぶりのその連れに、退院してきて、しばらく現場監督のように店に出てきた捨て男のおじいちゃんも感心してたらしい。
えらいめっけもんや。
このボンがおらんかったら、わしの退院の前にこの店つぶれとったなあと言うぐらい。

捨て男もおじいさんも知らんかった。
その連れが実は桁違いのギャンブル狂で、ほうぼうに山のような借金をこしらえてたことを。

ある日、その連れから相談された。
自分の店を出したいと。
まだ20台も半ばやそこらでそれはちょっと早いんとちゃうかという捨て男のおじいさんの話しにも、いや、ものすごい出物があんねん、これを逃したら一生自分の店なんて持たれへんかもしれんと言うその連れ。
どんな出物やと詳しいことを聞いたら、確かにその物件でその値段は信じられへんなと捨て男もおじいさんも唸った。

で、その連れはその頭金の保証人になって欲しいと捨て男のおじいさんに手をついた。
いくら孫の仲のええ連れやと言うても、そんなにまだよう知らんもんの借金の保証人は慣れんと一度は断ったおじいさんやったけど、一国一城の主になりたいんです、早く立派なカタチつけてお母ちゃんを安心させてやりたいんですと泣かんばかりに手をつくその連れにおじいさんはついに頷いてしもた。

頷いた翌々日にはもう銀行の人と不動産手続きの弁護士やという人が店にやってきた。
地味なグレーのスーツを着た温厚そうな丸顔の自称銀行員も、ぱりっとした紺のスーツにメタルフレームの眼鏡をかけたいかにも頭が切れそうな自称弁護士も、どっちも町金の取立て屋やったなんて思いもよらへんかった。
一生恩にきますと泣かんばかりの捨て男の連れの様子に、おじいさんもこれで良かったんやと思うたらしいのに。

さあ、こちらに御署名を、こちらに御捺印をと、流れるように言われるままに署名をして判子を押した。
その書類は頭金の保証人なんかやなくて、その連れの借金の肩代わりの書類やった。
五千万もの借金の。

連れが姿を消したんはそれからすぐやった。
えべっさんの次の日やった。
店をぬけてえべっさんに行ったおじいさんが商売繁盛の笹を今年は二本抱えて戻ってきた。
いやあ、今年の福娘は別嬪揃いやったわと言いながら、一本をいつもの神棚の横に、もう一本を調理場の連れに渡したおじいさん。
まだちょっと早いけど、開店祝いや。
気張って繁盛させやって言いながら。
おおきに、大将って言いながら笹を受け取る連れの手が小刻みにふるえてた。

次の日、仕込みの時間が過ぎても、開店の時間が来ても連れは現れへん。
携帯にかけてもつながれへん。
おかしいな、どないしたんやろうと首をかしげてたら、連れのかわりに現れたんはこの間の銀行員と弁護士やった。

ただ今度はこの間と似てもにつかん派手なスーツに身を包んだどう見てもその筋の人のなりやった。
一瞬にして最悪のことが起こったんを悟った捨て男とおじいさんやったけど、ほんまなぁ、俺そういう時も能天気なんか、黒のスーツの血みたいな真っ赤なストライプの色を見ながら、やくざってすごい演技力やなぁとかって思うててんと笑う捨て男。

ほんでもそんなに呑気なことを思えてたんはその日までやった。
あくる日から始まった修羅のような日々。
鳴りやまん電話。
店先にまかれた汚物。
べたべたと店の入り口にはられた金返せのビラ。
ただでさえ大きくない店を大勢で陣取り、嫌な顔をするお客には誰彼なく喧嘩を売りまくる強面の男たち。

最初は負けたらあかんでと言うてくれてた常連のお客さんらの足が遠のいたんも、あっと言う間やった。

| | コメント (7)

♯31 整髪剤とタバコの匂い

十四で板前を目指してから、辛い修行や、爪に火を灯すような生活や、伴侶の死、娘の出奔と色んなことをくぐりぬけながら、何とか守ってきた自分のちいちゃいお店。
聖域のようなその空間に充満するきつい整髪剤とコロンとタバコの匂い。

「じじい。金払われへんねんやったら、早う、この店出ていけよ。」

「こんな店、借金のカタにもなれへんけど、シルバー割引で負けといたるわ。」

「そうそう、こう見えても僕らお年寄りには親切やねんで。」

口元に歪んだ笑いをはりつかせて、おじいさんに迫る男たち。
カウンターの椅子にふんぞり返ってた一人が一段と声高に笑いながら、その土足の足をひょいっとカウンターの上にあげた。
カウンターはお店の魂がこもってるんやと、おじいさんが毎日清めるように手入れしてたその白木のカウンター。
そこに真っ黒の靴墨がぬめるようについた土足の足がのっけられてる。

ブツン。
捨て男の頭で何かが切れる音がした。

気いついたら男達に、しゃにむにおどりかかってた。
うおおおおおと吠えるような声出しながら。目の奥にどんどん広がってく赤い色。
ああ、血い出てるんかも俺って、思いながらも、無茶苦茶に振り回してた手を、後ろ手にぎりぎりとねじあげられた。
このガキ、手ぇ使いもんにならんようにしてこますぞという声が遠くに聞こえる。
はあ、やっぱりプロはちゃうなあと遠なってく意識の中で捨て男は思うたらしい。

どれくらい意識なくしてたかわからへん。
ガタガタいう音で捨て男は目が覚めた。
店の奥の座敷で顔に冷えたタオル当てて寝かされてた。
暗い中、目をこらそうとするけど、一向に目が慣れへんのは、目が腫れ上がってるかららしい。
手で自分の顔をなぞってみるけど、触ってる感覚も触られてる感覚もはっきりせえへん。

まいったな。
男前がわやくちゃやがなと呟きながら起きあがる。
背中から激痛。
口の中に鉄の味が広がる。
はあ、顔だけやのうて、あちこち、わやくちゃか。

そやけど、おじいはんはどうしたんやろう、無事なんやろか、もしや俺のせいで、おじいはんまでボコボコにされたんとちゃうやろかと不安が喉からせりあがる。
ドクドクと嫌な音をして自分の血が耳のそばで逆流するような気がした。
ふらふらしながら必死で立ちあがった捨て男が、転がるようにして勝手口から店を覗いたんと、おじいさんが椅子を蹴ったんはほとんど同時やった。

自慢にしてた店の天井を通る丸太の太い梁からロープが垂れてた。
おじいはんっと叫ぶようにして飛びつき、その身を抱える。
すぐやったはずやのに、もう泡をふきながら半開きになったおじいさんの口からごぼごぼと流れでる吐しゃ物には、血も混じってる。
ぽたぽたと不吉なしみがおじいさんの前掛け、その真っ白な前掛けにとぶ。
白目を剥いたおじいさんを腕にかき抱えながら、永遠のような気持ちで救急車が来るのを待った捨て男。

一命はとりとめた。
ほんでも、おじいさんの心はそのままどっかに行ってしもた。
三日して意識が戻った時には、捨て男のことも、お店のことも、自分のことさえも、おじいさんの瞳にうつることはなかった。

カウンターに書置きがあった。
毎日のお品書きで見慣れたおじいさんの筆書き。
最後の最後まで背筋が伸びたような字。

『 研二へ、
わしの命で帳尻合わせてくれると言うから保険に入った。
こんな年寄りの命で堪忍してくれるんやったら、くれてやる。
わしだけの店やったら惜しゅうない。
この店をどうしてもお前に残してやりたかった。
たった一人の孫のお前に。
他に何にもしてやれん。許せ。
もう一回、一緒に店に立ちたかった。
それが心残りと言えば心残りや。
包丁の手入れは怠るな。
どんな料理にも心を込めろ。身体をいとえ。
そして、もし娘に、お前のおかあさんの小百合に会うことがあったら伝えてくれ。
元気に暮らせと。
最後にもうひとつ。
お前は悪うない。誰も悪うない。ちょっと運が悪かっただけのこと。
胸はって生きろ。 
祖父、服部幸造より』

| | コメント (7)

#32 おばあはん

生まれて初めてで、多分最後のおじいはんからの手紙は中々最後まで読まれへんかったわ、何回読んでもババ泣きしてもうてなと話す捨て男の目は今も赤うなってる。
あたしも耳真っ赤にしてこらえようとしたけど、出てくる涙を止められへんかった。
こんな辛い話しをさせる権利があたしにあったんやろか。
ただ知りたいっていうだけで。

「ごめんな・・・辛いこと・・・話させて。」

あたしの途切れ途切れの湿った声が夜の中に消えてく。

「いや。いつかは話さなあかんって思うててん、俺も。」

月の光に白く照らされた捨て男の横顔。
オカンの横顔、捨て男の横顔。
色んな人の横顔を見る晩やなあと思う。

「それに、今日はおばあはんが背中押してくれたんかもしれん。」

と捨て男。

「おばあはん?」

「うん、家政婦してた先の。今日が初七日やねん。」

ああ、それでさっきお祈りしてたんか。

「おばあはんな、実はうちのおじいはんのコレやってん。」

小指を立てておかしそうな目をする捨て男。
ああこうやって、今までばらばらに見えたパズルの絵が、どんどんはまっていって、全部の絵が見えてくる。

「よう、うちの店にも来ててんわ。
結婚しょうかって話しもだいぶん前に出たみたいやけど、向こうはお金持ちの未亡人さんやったから、家族の大反対にあうてもうてなぁ。」

おばあさんが亡くなりはった時、慌てて捨て男を追い出したという家族のシルエットが黒く塗り潰されたようなイメージで頭に浮かぶ。

「まあ、それでも、そう言うときには口出しても、普段は電話の一本もないような家族やったから、おじいはんとの付き合いは、ばれてからも別段変われへんかってんけどな。」

男は強く、女子供を守るものというのが信条やった捨て男のおじいさんは、町金の取立て屋が正体を現してからすぐに、おばあさんに電話をした。
嘘の電話を。

骨折の退院祝いと留守中がんばってくれた研坊の慰安をかねて、一週間ほど温泉に行ってくると。
元旦以外、店を閉めたことのないおじいさんのその言葉に、ちょっとおかしいなと思うたおばあさんやったけど、いや、ついでに小百合にも会うてこようかと思うてと言葉を継いだおじいさん。
その居所もわからない娘にほんまに最後に会いたかった気持ちから出た嘘やったんかもねと、後でおばあさんが言うてはったらしい。

戻ったら電話するからと言ってたおじいさんやったけど、一週間が過ぎても連絡がない。
十日が過ぎ、しびれを切らして店に電話をかけても、捨て男の携帯にかけてもつながれへん。
あわてて店に行ってみたら、店の前には一枚の張り紙。

『閉店中』

開店中やなくて閉店中。
けったいな言葉。
それも見慣れたおじいさんの達筆やなく、チラシの裏のような紙にサインペンの殴り書きのような文字。
何かとんでもない事が起こったのをおばあさんは悟った。
店のご近所の戸を叩いて、ほんまにお気の毒にねえと眉を寄せる顔から、おじいさんの自殺未遂を耳にした時は、おばあさんもその場にヘナヘナとくずれてしもたらしい。

「病院でおばあはんに泣いて責められてなぁ。
何であたしに言うてくれへんのんって。
でも、おじいはん、俺と一緒でええ格好しいなとこあったしな。
惚れた人には格好悪いとこ見せたなかったんやと思うわ。
それに、おばあはん、変にお金持っとったからなぁ。
それをあの町金の連中に嗅ぎつけられてたら、おばあはんまでえらい事になってたかもしれん。
おじいはんはそれもわかってたんやと思うねん。」

ゆっくりと紡ぐように言葉を継ぐ捨て男の声をただただ黙って聞くあたし。

「風邪ひとつ引いたことない頑丈なおじいはんやってんけどな、認知症ってこわいな。
身体まで、どうやって丈夫になったらええんか忘れてまうんかな。
インフルエンザから肺炎こじらせて、あっと言う間におじいはん死んでしもたんや。」

また捨て男の指に力が入ったんか、缶がパコッとへこむ音。
缶を握る手に関節が白く浮いてる。

「おじいはんの葬式終わってな、その小さい骨壷抱いて、店に行ってみたんや。
ほんだらもうすっかり取り壊しが始まってて、入り口の枠なんかは取り外されとった。
はあ、プロはやっぱりすごいなあってな、また俺思うたわ。
電気のつけへん店の中に入ってな。
カウンターだけになった店見たら、ちいちゃい店やのに妙に広う見えてな。
隅にドロドロになった鉢巻が落ちてた。
それ拾て、気ぃついたら、靴脱いでカウンターにのぼって、梁にロープ回しててん俺。」

え、そんなと、思わず捨て男の首元に目がいく。

「って言うても、あんまり覚えてないねん。
ほんまに。
今思い出しても自分に起こったことやないみたいで。
俺あん時、身体半分、あっちに行きかけててんやろなぁ。
火葬場でいやあな暗い目して、碌に返事もせん俺見て、おばあはんが心配で後つけてきとったんや。
びっくりしたわ。
いきなり研ちゃんってすごい勢いでとびつかれてなあ。
おばあはん、どっから出てきたんやろって。
またすごい力でバシバシどつかれてなあ。」

今でもその痛みがあるように自分の頬をなでる捨て男。

「研ちゃん、幸造さんから何習うてたんや、いっつも言われてたやろ、わけてもうた命に感謝せいって。
あれは料理だけのことやないで。
研ちゃんの身体には幸造さんの命も流れてるんや。
幸造さんから研ちゃんにわけた命や。
その命を粗末にするなんて、わたしが許さん、絶対許さん
ってな、すごい勢いやったわ、おばあはん。
半分向こうに行きかけてた俺のこと、呼び戻してくれはった。」

| | コメント (5)

#33 家政夫はジェームスディーン

ほんでも、こんなことになったんは全部自分のせいや、俺さえおらんかったら。
おばあはんにも、こんな辛い目させてと崩れる捨て男に、
バカタレ!あんたがおらんようになっても、幸造さんもお店も帰って来えへんっ、
私に悪いと思うなら、しっかり生きて。
ほんで幸造さんが研ちゃんに伝えた料理を、
もう二度と食べられへん幸造さんの手料理を、
研ちゃんがあたしに作ってちょうだい
と、捨て男の両肩を掴んだおばあさんの指は痛いほどやったって。

いっつもおじいさんの横で静かに笑ってるだけやったおばあさんにこんな強いとこがあったんやなんて。
どこかにフワフワと漂うて消えてしまいそうになってた自分をしっかり掴んで、もういっぺん世界につないでくれた強い力。

どっちにしても行き場がなかった捨て男。
落ち着きどころが見つかるまでのつもりで、お世話になることにした。

「家政婦言うても冗談みたいなもんで。
まだまだ達者やったおばあはんは、身の廻りのことは全部自分でするし、俺は料理をするぐらいで、反対に面倒みてもうて、孫みたいに可愛がってくれてなあ。
俺できること言うたら料理するぐらいやろう。
他に何かおばあはん、喜ばせられへんやろかと思て、前から大ファンやって言うてたジェームスディーンみたいな格好でもして笑わせたろと、ちょっとした冗談みたいなつもりでしたんやけどな。
おばあはん、涙流して笑い転げて喜んでくれてな。
似ても似つかんって。
かいらしなあって、おじいはん、女見る目あるなあって思うたわ。
まあ、俺も女を見る目はあるけどさ。」

ニッと笑う捨て男。

「でも人間ってわからんなあ。
あんな達者に見えたおばあはん、脳溢血であっと言う間に逝ってしもたもんなあ。
前の晩に俺の煮たひじきを食べて、幸造さんが作るのとおんなじ味やって嬉しそうに笑うてたのに。」

そこにおばあさんの姿が見えるかのように、空を仰ぐ捨て男。

「お通夜にも出させてもらえんで、あんなに世話なったおばあはんにきっちり手ぇも合わされんでな。
あっと言う間に追い出されて。
ほんま、ええ歳した男が捨て犬のような気分になってしもて。」

どこに行こうかと途方にくれた捨て男の頭にふと浮かんだのが『福耳』やった。

ほんで、そこでオカンとばったり会うたんや。
やっぱり何かが引き合うたんかなぁ。

大事な人を立て続けに亡くしてしもた捨て男。
死という言葉が持つ冷えた影。

傍らのハチの背中にさわる。
毛皮を通して手の平に伝わってくるハチの暖かさにほっとする。
生きてるって、あったかい。
当たり前のことが心にしみる。

ほんでも、時間はこうしてるうちにもどんどん流れて、いつかは必ず誰でもその冷たい死の淵に立つ日が来る。
どんなに怖くても。
いつかは。

頼りない筏に乗って流されてくだけのような自分の最近を思う。
どんどん変わる周りの景色をぼおっと眺めるだけのような日々。
もう、そろそろ自分の腕で水をかかなあかん時かもしれん。
自分の向かう方向を自分で見ながら。
たとえ辿りつくとこは一緒やったとしても。

はあ、それにしても夜空に浮き上がるような綺麗なお月さん。
笑てるみたい。
今晩、何度目かわからんぐらい、また見上げる。

捨て男も、いつのまにか起きてお座りしてるハチも、一緒に見上げてる。

裏庭にやわらかくふる白い月の光が積もるような晩やった。
それはあたしの心の中にも降り積もり、明るい光を灯すような。

ほんで次の朝、おはようと起きてったら、赤シャツにリーゼントの捨て男は消えてた。
かわりにちょっとロン毛ぎみの髪をポニテにして、ふつうの白いTシャツを着た捨て男が台所におった。
前掛けはいつものままやったけど。
せっかく慣れかけてたのに、また新しい人間が家にきたみたいやった。
おはようさんと笑う顔はそのままやったけど。

| | コメント (5)

#34 つるかめ つるかめ

その新捨て男とサク婆とオカンと連れ立っての衣装合わせ。
衣装屋さんへ行くのは電車に乗らなあかん。
最初、オカンはタクシーで行こうかと言うてくれたけど、サク婆も無理やったら家におりよし。私が替わりに見てきて、ちゃんと写真もとってきたるから
と言うてくれたけど、もうほんまにそろそろ流れの中に身を投げて自分の腕で泳がなあかん。
これを逃したない。
心配顔のみんなに、あたしも行くっと宣言。

当日はちょっと早めに目が覚めた。
ハチの散歩の時から落ちつかへん気持ちが出てたんか、
ねえちゃん、どないしたん?
と何度もハチが振り向いてた。

用意もすませ、いよいよ家を出るときはさすがに緊張したけど。
今日もアカンかったらどうしょうって。

ドキドキする自分の気持ちに耳をすます。
こわいドキドキやなくて、遊園地に行く前みたいなワクワクの入ったドキドキみたいや。
今日こそ大丈夫かも。
靴を履いてから、携帯を開ける。
センセイからのメールをもう一回見る。

『つるかめ つるかめ』

昨日の晩、今日のことを話したら、僕も一緒に行くと最初は言うてはったセンセイやったけど。
格好悪いとこ見られたないのが半分、もう十分大げさやのにこれ以上おおごとにしたないのが半分で断った(ほんまはね、ちょっと一緒についてきてほしかったけど)。

あああ、お嬢ちゃんの初めてのお使いには一緒に行きたかったのになぁと大げさなため息つくセンセイに、可愛い子には旅をさせてよと笑たあたし。
ほんだらな、もし、しんどなったらな、つるかめ、つるかめって唱えんねんでと真面目な声のセンセイ。

つるかめ? 何じゃそりゃ。

ゲンの悪いことがおきそうな時に唱えたら、
悪いこともええことに変えるおまじないや
と、あくまでも真面目な声で言いつのるセンセイ。
うちのひいじいちゃんから教えてもうたと。
僕も緊張したらよう唱えると。

いっつも大人で常温のセンセイが真面目に『つるかめ つるかめ』って唱えてる姿は可笑しい。
フフフと笑いながらそんなセンセイが愛しい。

つるかめ、つるかめと、いっぺん唱えてパタンと携帯閉じる。
玄関でお見送りしてるハチに、おねえちゃん行ってくんでと、一撫でして家を出る。
外でちょっと心配そうに待ってたオカンとサク婆と捨て男に、お待たせえと走り寄った。

家から駅まで徒歩12分。
トンネルをくぐり、公園の横をすぎ、小学校の横をすぎる。
小学校の桜につぼみが付き始めてるのをみんなで立ち止まって見上げる。
桜の季節になったら川べりにお花見に行こう、捨て男の作ったお弁当を持ってと盛りあがる。

駅前の自転車置き場が見えた時にちょっと耳がちくっとしたような。

つるかめ、つるかめ。

ちょっと速度を落として通りすぎる。
大丈夫、大丈夫。
駅はもうすぐ。
信号を待ってたら、やっぱりちょっと耳鳴りがするような気がする。

つるかめ、つるかめ。

オカンがちょっと心配そうに顔をのぞきこむ。
月ちゃん、大丈夫? 
うん、大丈夫。
今日は絶対、大丈夫。
ショルダーバッグのストラップをぎゅっと握り締めて横断歩道を渡る。
手が汗ばんできた。

駅へのぼる階段。
いつもならこの辺ではもうワンワンする耳と吐き気に襲われてるんやけど

・・・・今日は・・・大丈夫みたい?

大丈夫!大丈夫!!

切符も買って、改札を通る。
ここまで来る長い日々が嘘みたいに、気づいたら電車に乗ってた。
普通に。

いや、普通やないか、嬉しくて、ちょっと涙ぐんでしもたから。
もう一生電車にも乗られへんのんやろかと、布団に潜って泣いた日が嘘みたい。

携帯からセンセイに短いメール。

『つるかめ効いたよ! 月子』

一年ぶりの窓の外の見慣れた景色が、流れるように過ぎてくのを、珍しいものを見るように、ひたすら目で追ってた。

| | コメント (5)

#35 花嫁の母のような気持ち

髪を簡単にぱっちん留めでまとめられ、白無垢の衣装を軽くはおっただけやのに、もうすっかりお嫁さんのオカンがそこにおった。
贔屓目やなくて、めっちゃ綺麗やと思うた。

どない? どない?
と笑うオカンに、サク婆は慌ててハンカチで目頭を押さえ、あたしはオッケーサインを送った。
捨て男は・・・捨て男は一瞬言葉もでえへんみたいで、棒立ちでオカンをひたすら見つめてやった。

ああ、この二人、ほんまにもうすぐ結婚すんねんなって何か感慨深い気になる。
花嫁の母ってこんな気持ちなんやろか?
ま、あたしの場合は花嫁の娘やけどさ。

さっき捨て男の衣装合わせの時には、年恰好から、どうしても、あたしが花嫁と思われたみたいで、お婿さん、お着物、よくお似合いですねと、あたしに愛想のええ笑顔で話しかけてきた係りの人。

いや、花嫁はあたしやなくて、あっちです
とあたしに指さされて、恥ずかしそうに舌出してたオカン。

そやなあ、どう見ても、あたしが花嫁って誰も思えへんわなあって笑うオカンやったけど、
そんなことないよ。
こうして見てたら、立派な花嫁さんよ。

マザコンと呼びたきゃ呼んで。
うちのオカンは綺麗。
おまけに気立てもええねんで。
ううんと、家事はちょと苦手やけど。

捨て男、オカンと一緒に幸せな家庭を築いてなって、まだ衣装の予行演習やのに、あたしの気持ちは変に盛りあがってしまうたりして、おまけにウルウルしたりして。
これやったら本番どないなることやら。
かなんなあ。

次はカツラ合わせ。
いよいよ、バカ殿かと賑やかに笑いながら試着室に入る。
オカンも初めてなら、あたしもカツラの試着なんて初めて。
こんなことなら映画村にでも行って練習しとけば良かったなぁなんて軽口をたたきあう。

大きな帽子の入れもんみたいな箱から出てきたカツラは意外と小さい。
うす紫のエプロンをかけた美容師さんが片手に持って説明する。

最近のはね、軽いですしねえ、
それに、高さも横の張りも、花嫁様のお顔だちに合わせて調節できるんですよお
と言いながら、美容師さんがどっかのネジをまわしたら、ぐいんぐいんと髷の部分が上下に動いたり、横の張りの部分がブワーンと開いてきたり。

すごいな。
よう、ちいちゃい男の子が持ってる合体ロボみたい。
ハイテクカツラ、花嫁と合体!シャキーンッ!
おもろいわあ。

そろそろとオカンの頭にカツラがのせられる。
ちょっとその顔が青白く見えるんは照明のせい? 
それとも緊張してる?

「痛いとこありませんか? 重さは大丈夫ですか?」

オカンのくるくるの後れ毛を器用に細い櫛の先でカツラの中にテキパキとまとめながら美容師さんが鏡ごしにオカンを覗き込む。

返事がない。

オカン、どない、バカ殿は?と、あたしも近寄って覗き込んで目を疑う。

真っ青なオカンの顔。
目が遠なってて、唇まで真っ青。

ちょ、ちょっと気分が悪くなってるみたいですというあたしの声に、慌てて美容師さんがカツラをはずしてくれる。

かろうじて意識があったらしいオカンが椅子からずり落ちるようにして床に倒れこんだ。

| | コメント (6)

#36 誰か助けて

まだオカンは眠ってる。
あれから救急車で島崎病院に運ばれて、そのままずっと意識を失ってる。

緊急処置室から病室に運ばれたオカンを見届けて、一旦廊下に出たあたしを、初老のお医者さんが待ってた。
「お母さんのことでお話が」とそのお医者さんが言うセリフが、口を開く前から聞こえてたような気がした。

静かに音を立てへんようにしてるのに、靴音がひびく廊下。
お前はそこにおんのんわかってるぞ、今からつかまえに行ったるからなと何か得体の知れん不吉なもんが後ろから追っかけてくるような気がする。
つかまりたくなくて早足になると馬鹿にしたようにまた靴音がひびく。
ほら、逃げられへんぞおと追いかけてくる。

大きくなったね、月子ちゃんとお医者さんが笑う。
目尻による皺。
僕のこと覚えてるかな? 
いいえ、すいません。
ああ、まだちいちゃかったもんなあ。
すっかりお母さんに似てきてびっくりしたよ。
そんな世間話のようなやり取りが続く。

そのまま、それが続いて欲しくて、その次のお医者さんの『話し』っていうのから、ちょっとでも遠ざかりたくて、いやいや、母にはあんまり似てるって言われないんです。声はよう似てるって言われますけど
と、言葉を急いだようについでくあたし。
それでも埋めきれへん、言葉と言葉の隙。

その一瞬の隙をついて、さて、とお医者さんが言う。
さて。
さての後には何が続くんやろう。

失礼しますとお医者さんの部屋を出た。
後ろから、月子ちゃん、大丈夫という気遣わしげなお医者さんの声が追ってくる。

大丈夫? だいじょうぶ? ダイジョウブなわけない。

オカアサンハ、ランソウガンデス。
マッキ二ナッテイテ、ザンネンナガラ、シキュウト、ハイヘノテンイガミトメラレマス。
ゴホンニンモ、ゴゾンジデス。
ナガクテ、イチネンデス。

気が付いたら壁によりかかって光を失った人のように手探りで前に進んでた。
お医者さんから聞いた言葉は宇宙人の言葉みたいで、あたしの頭で中々意味をなせへん。
ガン。マッキ。テンイ。
ザンネンデスガ。ナガクテイチネン。

ザンネンデスガ? 
残念ですがってこと? 
何が残念なん。
うちのオカンに残念なことなんて、そんなこと、起こるわけない。
何を言うてんのん。

ほんまはわかってる頭と、わかろうとしたない心が、あたしの身体をめりめりと引きさくようや。

痛い。

どこが痛むんかわからんような痛みに襲われて、しゃがみこむ。
ボタボタと床に落ちる涙。

痛い、痛い、痛い、だれか助けて助けて助けて
と自分の耳に吠えるような声が聞こえた。

| | コメント (10)

#37 最後のパズルのパーツ

ぼんやりと焦点があった。
センセイの顔があった。

あれ、今日はデートしてたっけ。
どこにおるん、あたし。

ふうっと視野が戻ってくるんと一緒に朝からの出来事がコマ送りに浮かぶ。

電車に乗れたこと。
捨て男のの紋付姿。
オカンの白無垢。
カツラ合わせ。
救急車。

目で周りを確かめる。
病院や。
やっぱり夢やないんや。

「しゃあないなあ。母娘で倒れるやなんて。
つるかめ、ちゃんと唱えとったか?」

いつも通りの常温で、あたしのオデコにちょっと手を置くセンセイを見てたら、ちょっと母娘で貧血で運ばれたみたいや。

子供が病気になっても、子供が心配せんようにと、母親は心配を顔に出せへんっていうなあってセンセイのいつもの柔らかい顔を見て思う。

陽子ちゃんはさっき目覚まして、苺アイス食べたいっていうから、今、差し入れしてきた、ほんま、あの人も子供みたいやなあと笑うセンセイ。

不意にこわくなって、オデコに置かれてたセンセイの手をとって思い切り引き寄せる。
バランスを崩して前かがみになったセンセイの首にかじりつく。
まるで子供が抱っこをせがむように。
センセイから出る戸惑う空気に構わずに、きつくきつく胸を押し当てる。
自分がばらばらにならへんように。
大切な人がそこにほんまにおるんを確かめるように。

また朝に電話するからと、何べんか振り返りもって帰ってくセンセイを見送った後、オカンの病室に向かう。

オカンの病室は廊下の一番奥。
元勤めてたとこということもあって、たまたま空いてた個室に入れてくれた。

プールの水の中を歩くみたいに、気持ちは早るのに身体が思うように前に進まへん。
顔を早く見たいのに、どんな顔をしてええんかわからへん。
やっと辿り着いた病室の前で立ちすくむ。
何べんか迷った後に、ノックをして、アルミのひんやりしたドアノブに手をかけてドアを開ける。

暗い中、電気もつけんと、窓際にオカンが立ってた。
ああ、月ちゃん、目え覚めたん。大丈夫?
とまるで普通の様子で笑うオカン。

初めて見るお下げ髪がオカンの顔を淋しく見せる。
髪の毛に止まってるあたしの視線に気づいたオカンが、両手でお下げを持ち上げる。
入院って言うたらお下げ髪よね、お母さん、いっぺんやってみたかったんよね
と、両手の中のお下げをぴょこぴょこ振る。

オカン・・・お母さん、いつから自分の病気のこと知ってたん? 

うつむくオカン。
ちいちゃい子供がするように両方の親指の爪をイジイジと持て遊ぶ。

研ちゃんと『福耳』で会うた日と、ようやっと聞きとれるぐらいの声で答えるオカン。

半年ほど前から調子の悪いのんは感じてた。
来週、また来週と延ばし延ばしにしてるうちに過ぎてしまった日々。
ようやっと検査に行って、結果を聞いたんがあの日やった。

また、パズルのパーツが一個はまった。
何で、その日にオカンが島崎さんの近くの『福耳』に行ったんか、何で泣いてたんか。
はまってほしくなかったパーツ。

これで、絵はでけた? 
もうあたしの見逃してるパーツはない?

| | コメント (6)

#38 何で言うてくれへんかったん

何で、何で、言うてくれへんかったん
とやっとのことで声にする。

だって、月ちゃんには一番心配かけたなかってんもんと、うつむいたままのオカン。

出来たら、知られんまま、ある日、ぽっくり逝けたらええなって。
悲しんで、残りの一緒の日が湿っぽくなってしまうよりも、できるだけ最後の最後まで、いつもの通りの母娘でおりたかってんと言うオカン。

「そんなん、そんなん残酷すぎる。
知ってたら、もっともっと、ずっとずっとオカンの傍におったのにって、あたしいつまでも思うてしもて、知らんかった自分を絶対許されへん。」

堰を切ったようにこぼれる言葉。
堰を切ったようにあふれる涙。

「ほんまに、ほんまに、お医者さんの言いはったんはほんまなん? 
誤診ってことはあれへん? 
別のお医者さんにも診てもうたら、治る道があるかもしれん。」

気がついたらオカンの右手にすがるようにしてるあたし。
神様、もしいてはるんやったら、オカンのこの手をあたしから放さんといて下さい、お願いです。

「他のお医者さんにもな、もう診てもうてん。
同じこと言われた。」

苦しい苦しい声でオカンが言う。
青白い顔に目だけがキラキラ光ってる。

ナガクテ、イチネンデス。

じゃあ、短かったらいつなん。
誰が何でオカンを連れてってしまうのん。

自分の両手の中のオカンの白い右の手の平をぎゅっとつかむ。
こんなにあったかいのに。
こんなに生きてんのに。
オカンいなくならんといて。
いなくなったらアカン。絶対に。
そんなん、みんな許せへんよ。
サク婆もハチも。

そうや捨て男も。

「捨て男は知ってるのん?」

もう誰の死ぬとこも見たないって言うてた捨て男の声を思い出す。

オカンが目をそらす。

知らんのん? 

裏庭で肩ふるわせてた捨て男の後姿が浮かぶ。

「知らせんと結婚することにしたん?」
声が大きくふるえる。

そんな、そんな、自分がいつ逝ってしまうかわかれへんのに、お父さんに先立たれた時に自分が味わった気持ちを、捨て男にも味あわせんのん? 
オカン、それはあんまりにも殺生や。
捨て男はもう大事な人をなくす辛さは十分味わったのに。
ひどい、オカン、ひどいよ
と知らされてなかった怒りがまたぶり返して、機関銃のように言葉が放たれてしまう。

言うたらアカンって、一番辛いのはオカンやってわかってんのに。

あたしの言葉に射抜かれて、ぐったりと垂れた頭を抱え込むようにして、その場にしゃがみこんで泣き出したオカン。

「だって、だって、こわかったんやもん。
ひとりで最後の日を今日か、明日かって待つのんは、あたしかって、こわかったんやもん。
研ちゃんが、あたしの人生見守らせて下さいって言うてくれた時、そんな風に愛してくれる人と最期の日を一緒に送りたいって思うてしもてんもん。」

嗚咽でとぎれとぎれになりながらのオカンの声。

オカンの心があげた悲鳴のような言葉があたしを打つ。
オカンの傍に這うようにして近寄って肩を抱く。
オカンの身体がふるえてるんか、あたしの身体がふるえてるんか、元はひとつやった身体をおしつけあうようにして、ひとつになってふるえるあたしとオカン。

| | コメント (4)

#39 人生見守らせて下さい

気いついたら、横に捨て男が立ってた。
廊下からの逆光でどんな顔してるんか、よう見えへん。

「陽子さん、俺、何となく気づいてました。」

声が泣いてる。

「俺と一緒になるって言うてくれたあの晩に、どのくらい一緒におれるかわからへんけど、ごめんねって陽子さん、ぽろって口にしたから。」

え、そんな事、あたし言うた?
と目の前の見えへん糸をたぐるような表情のオカン。

「それでも、俺、全然、かまへんかったんです。
ちょっとの間でも陽子さんの傍におられたら。」

ゆっくりと俯いてたオカンが顔をあげた。
研ちゃんと捨て男の名前を呼びながら。
それは父の名を呼ぶときのような音やった。
愛しい人の名を呼ぶ音。
暗闇の中、美しく動くオカンの口びるのカタチ。

はじかれたように捨て男が床に手をつく。

「お願いやから、別れようなんて言わんとってください。
言うてたまま、僕と一緒になってください。
僕に、僕に、陽子さんの残りの人生見守らせて下さいっ。」

研ちゃんと捨て男を呼ぶオカンの声はもう声になってへん。

「僕は、僕は、百年一緒におられる他の人より、例え一年しか一緒におられんでも陽子さんがええんです。」

捨て男の怒涛のような思いがすごい勢いでオカンに向かって流れるのが見えた。

その潮に巻かれるようにして、研ちゃん、研ちゃん、研ちゃんと、その名前を呼びながら、オカンがその胸に倒れこんでいった。
最期の日々を一緒に過ごしたいと思た人の腕の中に。

その引き潮に足をとられるようになりながらもフラフラと立ちあがり、あたしは病室を出た。

後ろ手でドアしめる。
ギュッと力をこめて。
そうしたら捨て男とオカンの限られた時間がドアの中にとじこめられるような気がして。
あまりにも短い二人の時間を守りたくて。

廊下は相変わらず長くて、白々と淋しい明るさで満ちてた。
ゆっくりゆっくりと前に進んだ。
足音を立てないように。
不吉なものに今はまだ追いつかれへんようにと祈りながら。

| | コメント (8)

#40 桜

昔は桜というもんが別にそんなに好きでもなかった。
子供にありがちな、チューリップやバラやカーネーション。
わかりやすい花が好きやった。

大人たちが競って花見と言うてわざわざ遠足のように出かけていくのが不思議やった。

今は、見上げる桜は目にしみて美しい。

美しくてこんなに儚い花やったんやと思う。
もうすぐ散るのを知ってか、知らいでか、精一杯に咲いてるようなその姿。

サク婆、センセイ、あたし、捨て男とオカンとそしてハチ。
川べりの特等席のござの上、さっき捨て男のお花見弁当の蓋をあけて、みんなで子供みたいな歓声をあげたとこ。

天気がようて、風まで桜色をしてるような午後。

捨て男はちいちゃいタッパーにハチの分のお弁当まで用意してきて、それを尻尾ぶんぶん振りながら、鼻までタッパーにつっこんだハチがすごい勢いで食べてる。
ほんま、わかりやすい花より団子やなというサク婆の言葉にみんなが笑う。

穏やかな春の光の中、オカンが笑ってる。
時折、風に吹かれて飛んでくる白い花びらがストップモーションのようにオカンの髪の毛にとまる。

一緒の時間を少しでも覚えておきたくて目を凝らす。
目の前の時間の流れは止められへんけど、心の中には留めてくことができるはず。

来年の桜の頃はと、浮かんだ思いを振り切るように首をふる。

わからへん一年後のことよりも、目の前の今を抱きしめたい。

明後日にはあたしは花嫁の娘になる。
うまくオカンが嫁ぐのを見送れるやろうか。
つるかめ、つるかめ、心の中で唱えもって川辺をわたる風を大きく吸い込む。

二度と戻らへん時間をつないでつないで誰もが生きてく。
この目の前の川の流れみたいに。

いつ終わるのか、どこへ辿りつくのかわからへん流れの中を。

あたしもまた、ゆっくり泳いでいこう。
あたしらしく。
一瞬ごとに変わるその水のきらめきに、目をこらしながら。


| | コメント (14)

あとがき

『オカ嫁』こと『オカンの嫁入り』を最後まで読んでいただいて
ありがとうございました。

はぁ~、終わってしもたぁ~と、何だか淋しい気持ちです。
こうしてネット連載という形でオカ嫁をお届けしてる間に、
それぞれの登場人物への愛着が、私の中でも更に深まり、
皆さんが寄せてくれはった、オカンが、月ちゃんが、
そして捨て男が幸せになりますようにという沢山のコメントに、
オカ嫁の登場人物をこんなに愛してくれてはるんやと、
幸せな気持ちになりました。
そして、何でもっと幸せな結末にしてあげられへんかったんやろうと
自分で書いときながら、思うたりもしました。

当たり前のことですが、人にはいつか最期の時が来ます。
わかってても、忘れてたり、気づかへんふりをしたりして、
流されるように、時が過ぎていってしまいます。
私もそんな風に日常をついつい送ってしまっています。

誰でもが、限られた時間の中を生きてるってこと。
今の一瞬はほんまに今だけやってこと。
美味しいもんが食べられること、好きな人と一緒にいられること。
心ふるえること、涙がでること。
自分の一度きりの人生の中での、そんなきらめくような一瞬一瞬を
大切に抱きしめながら日々をおくれたら・・・
そういう自分の思いもこめて、書いたオカ嫁でした。
そんな私の思いが少しでもみなさんの心に届いたなら嬉しいんですが。

さて、今丁度、オカ嫁出版に向けての、最終的な校正作業を
終えようとしています。
このネット版のオカ嫁は、ほとんど手直しもされてない
オリジナルの原石のようなもので、それを、一生懸命
ゴシゴシとこすったり、磨いたりして、出版用のオカ嫁が
ようやく出来上がりそうです。

本という形になったオカ嫁が、どんな光りを出すんやろか、と言うより、
ちゃんと光るんやろかと、ドキドキ半分、不安半分で、
発売のその日を心待ちにしている私です。

最後にもう一度。
オカ嫁をご愛読いただいて、ありがとうございました。

みなさんの毎日が、たくさんのきらめきに満ちていることを祈りつつ。

                     
                      2008年5月吉日 咲乃月音

| | コメント (28)

目次

ある晩オカンが男を拾てきた。

#1 捨て男
#2 まだ、おったん?
#3 壁に耳あり、障子にサク婆
#4 会うことのなかった父
#5 やっぱり、まだおる。
#6 悔しいぐらいにおいしい
#7 桃栗3年柿8年
#8 第一印象最悪かも
#9 ふたりっきりの家族
#10 人魚姫とウニ女
#11 繋いでた指先
#12 いきなり、ひとつ屋根の下?
#13 一足先に春爛漫
#14 お通夜みたいな顔して
#15 前途を祝して
#16 馴染まれへん
#17 迫真の演技
#18 弁慶の泣き所
#19 一日延ばしに
#20 もう痛くないはずやのに
#21 ハチが、ハチが、ハチが
#22 サク婆のお好み焼き
#23 素直にありがとう
#24 聞いてええんやろか
#25 捨て男とおじいさん
#26 お月さん
#27 白無垢着てええ?
#28 夜中の月見酒
#29 家族になるねんもん
#30 消えた相方
#31 整髪剤とタバコの匂い
#32 おばあはん
#33 家政夫はジェームスディーン
#34 つるかめ つるかめ
#35 花嫁の母のような気持ち
#36 誰か助けて
#37 最後のパズルのパーツ
#38 何で言うてくれへんかったん
#39 人生見守らせて下さい
#40 桜
あとがき

| | コメント (5)

その他のカテゴリー

ココログ小説