ココログ小説

目次

ある晩オカンが男を拾てきた。

#1 捨て男
#2 まだ、おったん?
#3 壁に耳あり、障子にサク婆
#4 会うことのなかった父
#5 やっぱり、まだおる。
#6 悔しいぐらいにおいしい
#7 桃栗3年柿8年
#8 第一印象最悪かも
#9 ふたりっきりの家族
#10 人魚姫とウニ女
#11 繋いでた指先
#12 いきなり、ひとつ屋根の下?
#13 一足先に春爛漫
#14 お通夜みたいな顔して
#15 前途を祝して
#16 馴染まれへん
#17 迫真の演技
#18 弁慶の泣き所
#19 一日延ばしに
#20 もう痛くないはずやのに
#21 ハチが、ハチが、ハチが
#22 サク婆のお好み焼き
#23 素直にありがとう
#24 聞いてええんやろか
#25 捨て男とおじいさん
#26 お月さん
#27 白無垢着てええ?
#28 夜中の月見酒
#29 家族になるねんもん
#30 消えた相方
#31 整髪剤とタバコの匂い
#32 おばあはん
#33 家政夫はジェームスディーン
#34 つるかめ つるかめ
#35 花嫁の母のような気持ち
#36 誰か助けて
#37 最後のパズルのパーツ
#38 何で言うてくれへんかったん
#39 人生見守らせて下さい
#40 桜
あとがき

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あとがき

『オカ嫁』こと『オカンの嫁入り』を最後まで読んでいただいて
ありがとうございました。

はぁ~、終わってしもたぁ~と、何だか淋しい気持ちです。
こうしてネット連載という形でオカ嫁をお届けしてる間に、
それぞれの登場人物への愛着が、私の中でも更に深まり、
皆さんが寄せてくれはった、オカンが、月ちゃんが、
そして捨て男が幸せになりますようにという沢山のコメントに、
オカ嫁の登場人物をこんなに愛してくれてはるんやと、
幸せな気持ちになりました。
そして、何でもっと幸せな結末にしてあげられへんかったんやろうと
自分で書いときながら、思うたりもしました。

当たり前のことですが、人にはいつか最期の時が来ます。
わかってても、忘れてたり、気づかへんふりをしたりして、
流されるように、時が過ぎていってしまいます。
私もそんな風に日常をついつい送ってしまっています。

誰でもが、限られた時間の中を生きてるってこと。
今の一瞬はほんまに今だけやってこと。
美味しいもんが食べられること、好きな人と一緒にいられること。
心ふるえること、涙がでること。
自分の一度きりの人生の中での、そんなきらめくような一瞬一瞬を
大切に抱きしめながら日々をおくれたら・・・
そういう自分の思いもこめて、書いたオカ嫁でした。
そんな私の思いが少しでもみなさんの心に届いたなら嬉しいんですが。

さて、今丁度、オカ嫁出版に向けての、最終的な校正作業を
終えようとしています。
このネット版のオカ嫁は、ほとんど手直しもされてない
オリジナルの原石のようなもので、それを、一生懸命
ゴシゴシとこすったり、磨いたりして、出版用のオカ嫁が
ようやく出来上がりそうです。

本という形になったオカ嫁が、どんな光りを出すんやろか、と言うより、
ちゃんと光るんやろかと、ドキドキ半分、不安半分で、
発売のその日を心待ちにしている私です。

最後にもう一度。
オカ嫁をご愛読いただいて、ありがとうございました。

みなさんの毎日が、たくさんのきらめきに満ちていることを祈りつつ。

                     
                      2008年5月吉日 咲乃月音

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#40 桜

昔は桜というもんが別にそんなに好きでもなかった。
子供にありがちな、チューリップやバラやカーネーション。
わかりやすい花が好きやった。

大人たちが競って花見と言うてわざわざ遠足のように出かけていくのが不思議やった。

今は、見上げる桜は目にしみて美しい。

美しくてこんなに儚い花やったんやと思う。
もうすぐ散るのを知ってか、知らいでか、精一杯に咲いてるようなその姿。

サク婆、センセイ、あたし、捨て男とオカンとそしてハチ。
川べりの特等席のござの上、さっき捨て男のお花見弁当の蓋をあけて、みんなで子供みたいな歓声をあげたとこ。

天気がようて、風まで桜色をしてるような午後。

捨て男はちいちゃいタッパーにハチの分のお弁当まで用意してきて、それを尻尾ぶんぶん振りながら、鼻までタッパーにつっこんだハチがすごい勢いで食べてる。
ほんま、わかりやすい花より団子やなというサク婆の言葉にみんなが笑う。

穏やかな春の光の中、オカンが笑ってる。
時折、風に吹かれて飛んでくる白い花びらがストップモーションのようにオカンの髪の毛にとまる。

一緒の時間を少しでも覚えておきたくて目を凝らす。
目の前の時間の流れは止められへんけど、心の中には留めてくことができるはず。

来年の桜の頃はと、浮かんだ思いを振り切るように首をふる。

わからへん一年後のことよりも、目の前の今を抱きしめたい。

明後日にはあたしは花嫁の娘になる。
うまくオカンが嫁ぐのを見送れるやろうか。
つるかめ、つるかめ、心の中で唱えもって川辺をわたる風を大きく吸い込む。

二度と戻らへん時間をつないでつないで誰もが生きてく。
この目の前の川の流れみたいに。

いつ終わるのか、どこへ辿りつくのかわからへん流れの中を。

あたしもまた、ゆっくり泳いでいこう。
あたしらしく。
一瞬ごとに変わるその水のきらめきに、目をこらしながら。


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#39 人生見守らせて下さい

気いついたら、横に捨て男が立ってた。
廊下からの逆光でどんな顔してるんか、よう見えへん。

「陽子さん、俺、何となく気づいてました。」

声が泣いてる。

「俺と一緒になるって言うてくれたあの晩に、どのくらい一緒におれるかわからへんけど、ごめんねって陽子さん、ぽろって口にしたから。」

え、そんな事、あたし言うた?
と目の前の見えへん糸をたぐるような表情のオカン。

「それでも、俺、全然、かまへんかったんです。
ちょっとの間でも陽子さんの傍におられたら。」

ゆっくりと俯いてたオカンが顔をあげた。
研ちゃんと捨て男の名前を呼びながら。
それは父の名を呼ぶときのような音やった。
愛しい人の名を呼ぶ音。
暗闇の中、美しく動くオカンの口びるのカタチ。

はじかれたように捨て男が床に手をつく。

「お願いやから、別れようなんて言わんとってください。
言うてたまま、僕と一緒になってください。
僕に、僕に、陽子さんの残りの人生見守らせて下さいっ。」

研ちゃんと捨て男を呼ぶオカンの声はもう声になってへん。

「僕は、僕は、百年一緒におられる他の人より、例え一年しか一緒におられんでも陽子さんがええんです。」

捨て男の怒涛のような思いがすごい勢いでオカンに向かって流れるのが見えた。

その潮に巻かれるようにして、研ちゃん、研ちゃん、研ちゃんと、その名前を呼びながら、オカンがその胸に倒れこんでいった。
最期の日々を一緒に過ごしたいと思た人の腕の中に。

その引き潮に足をとられるようになりながらもフラフラと立ちあがり、あたしは病室を出た。

後ろ手でドアしめる。
ギュッと力をこめて。
そうしたら捨て男とオカンの限られた時間がドアの中にとじこめられるような気がして。
あまりにも短い二人の時間を守りたくて。

廊下は相変わらず長くて、白々と淋しい明るさで満ちてた。
ゆっくりゆっくりと前に進んだ。
足音を立てないように。
不吉なものに今はまだ追いつかれへんようにと祈りながら。

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#38 何で言うてくれへんかったん

何で、何で、言うてくれへんかったん
とやっとのことで声にする。

だって、月ちゃんには一番心配かけたなかってんもんと、うつむいたままのオカン。

出来たら、知られんまま、ある日、ぽっくり逝けたらええなって。
悲しんで、残りの一緒の日が湿っぽくなってしまうよりも、できるだけ最後の最後まで、いつもの通りの母娘でおりたかってんと言うオカン。

「そんなん、そんなん残酷すぎる。
知ってたら、もっともっと、ずっとずっとオカンの傍におったのにって、あたしいつまでも思うてしもて、知らんかった自分を絶対許されへん。」

堰を切ったようにこぼれる言葉。
堰を切ったようにあふれる涙。

「ほんまに、ほんまに、お医者さんの言いはったんはほんまなん? 
誤診ってことはあれへん? 
別のお医者さんにも診てもうたら、治る道があるかもしれん。」

気がついたらオカンの右手にすがるようにしてるあたし。
神様、もしいてはるんやったら、オカンのこの手をあたしから放さんといて下さい、お願いです。

「他のお医者さんにもな、もう診てもうてん。
同じこと言われた。」

苦しい苦しい声でオカンが言う。
青白い顔に目だけがキラキラ光ってる。

ナガクテ、イチネンデス。

じゃあ、短かったらいつなん。
誰が何でオカンを連れてってしまうのん。

自分の両手の中のオカンの白い右の手の平をぎゅっとつかむ。
こんなにあったかいのに。
こんなに生きてんのに。
オカンいなくならんといて。
いなくなったらアカン。絶対に。
そんなん、みんな許せへんよ。
サク婆もハチも。

そうや捨て男も。

「捨て男は知ってるのん?」

もう誰の死ぬとこも見たないって言うてた捨て男の声を思い出す。

オカンが目をそらす。

知らんのん? 

裏庭で肩ふるわせてた捨て男の後姿が浮かぶ。

「知らせんと結婚することにしたん?」
声が大きくふるえる。

そんな、そんな、自分がいつ逝ってしまうかわかれへんのに、お父さんに先立たれた時に自分が味わった気持ちを、捨て男にも味あわせんのん? 
オカン、それはあんまりにも殺生や。
捨て男はもう大事な人をなくす辛さは十分味わったのに。
ひどい、オカン、ひどいよ
と知らされてなかった怒りがまたぶり返して、機関銃のように言葉が放たれてしまう。

言うたらアカンって、一番辛いのはオカンやってわかってんのに。

あたしの言葉に射抜かれて、ぐったりと垂れた頭を抱え込むようにして、その場にしゃがみこんで泣き出したオカン。

「だって、だって、こわかったんやもん。
ひとりで最後の日を今日か、明日かって待つのんは、あたしかって、こわかったんやもん。
研ちゃんが、あたしの人生見守らせて下さいって言うてくれた時、そんな風に愛してくれる人と最期の日を一緒に送りたいって思うてしもてんもん。」

嗚咽でとぎれとぎれになりながらのオカンの声。

オカンの心があげた悲鳴のような言葉があたしを打つ。
オカンの傍に這うようにして近寄って肩を抱く。
オカンの身体がふるえてるんか、あたしの身体がふるえてるんか、元はひとつやった身体をおしつけあうようにして、ひとつになってふるえるあたしとオカン。

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#37 最後のパズルのパーツ

ぼんやりと焦点があった。
センセイの顔があった。

あれ、今日はデートしてたっけ。
どこにおるん、あたし。

ふうっと視野が戻ってくるんと一緒に朝からの出来事がコマ送りに浮かぶ。

電車に乗れたこと。
捨て男のの紋付姿。
オカンの白無垢。
カツラ合わせ。
救急車。

目で周りを確かめる。
病院や。
やっぱり夢やないんや。

「しゃあないなあ。母娘で倒れるやなんて。
つるかめ、ちゃんと唱えとったか?」

いつも通りの常温で、あたしのオデコにちょっと手を置くセンセイを見てたら、ちょっと母娘で貧血で運ばれたみたいや。

子供が病気になっても、子供が心配せんようにと、母親は心配を顔に出せへんっていうなあってセンセイのいつもの柔らかい顔を見て思う。

陽子ちゃんはさっき目覚まして、苺アイス食べたいっていうから、今、差し入れしてきた、ほんま、あの人も子供みたいやなあと笑うセンセイ。

不意にこわくなって、オデコに置かれてたセンセイの手をとって思い切り引き寄せる。
バランスを崩して前かがみになったセンセイの首にかじりつく。
まるで子供が抱っこをせがむように。
センセイから出る戸惑う空気に構わずに、きつくきつく胸を押し当てる。
自分がばらばらにならへんように。
大切な人がそこにほんまにおるんを確かめるように。

また朝に電話するからと、何べんか振り返りもって帰ってくセンセイを見送った後、オカンの病室に向かう。

オカンの病室は廊下の一番奥。
元勤めてたとこということもあって、たまたま空いてた個室に入れてくれた。

プールの水の中を歩くみたいに、気持ちは早るのに身体が思うように前に進まへん。
顔を早く見たいのに、どんな顔をしてええんかわからへん。
やっと辿り着いた病室の前で立ちすくむ。
何べんか迷った後に、ノックをして、アルミのひんやりしたドアノブに手をかけてドアを開ける。

暗い中、電気もつけんと、窓際にオカンが立ってた。
ああ、月ちゃん、目え覚めたん。大丈夫?
とまるで普通の様子で笑うオカン。

初めて見るお下げ髪がオカンの顔を淋しく見せる。
髪の毛に止まってるあたしの視線に気づいたオカンが、両手でお下げを持ち上げる。
入院って言うたらお下げ髪よね、お母さん、いっぺんやってみたかったんよね
と、両手の中のお下げをぴょこぴょこ振る。

オカン・・・お母さん、いつから自分の病気のこと知ってたん? 

うつむくオカン。
ちいちゃい子供がするように両方の親指の爪をイジイジと持て遊ぶ。

研ちゃんと『福耳』で会うた日と、ようやっと聞きとれるぐらいの声で答えるオカン。

半年ほど前から調子の悪いのんは感じてた。
来週、また来週と延ばし延ばしにしてるうちに過ぎてしまった日々。
ようやっと検査に行って、結果を聞いたんがあの日やった。

また、パズルのパーツが一個はまった。
何で、その日にオカンが島崎さんの近くの『福耳』に行ったんか、何で泣いてたんか。
はまってほしくなかったパーツ。

これで、絵はでけた? 
もうあたしの見逃してるパーツはない?

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#36 誰か助けて

まだオカンは眠ってる。
あれから救急車で島崎病院に運ばれて、そのままずっと意識を失ってる。

緊急処置室から病室に運ばれたオカンを見届けて、一旦廊下に出たあたしを、初老のお医者さんが待ってた。
「お母さんのことでお話が」とそのお医者さんが言うセリフが、口を開く前から聞こえてたような気がした。

静かに音を立てへんようにしてるのに、靴音がひびく廊下。
お前はそこにおんのんわかってるぞ、今からつかまえに行ったるからなと何か得体の知れん不吉なもんが後ろから追っかけてくるような気がする。
つかまりたくなくて早足になると馬鹿にしたようにまた靴音がひびく。
ほら、逃げられへんぞおと追いかけてくる。

大きくなったね、月子ちゃんとお医者さんが笑う。
目尻による皺。
僕のこと覚えてるかな? 
いいえ、すいません。
ああ、まだちいちゃかったもんなあ。
すっかりお母さんに似てきてびっくりしたよ。
そんな世間話のようなやり取りが続く。

そのまま、それが続いて欲しくて、その次のお医者さんの『話し』っていうのから、ちょっとでも遠ざかりたくて、いやいや、母にはあんまり似てるって言われないんです。声はよう似てるって言われますけど
と、言葉を急いだようについでくあたし。
それでも埋めきれへん、言葉と言葉の隙。

その一瞬の隙をついて、さて、とお医者さんが言う。
さて。
さての後には何が続くんやろう。

失礼しますとお医者さんの部屋を出た。
後ろから、月子ちゃん、大丈夫という気遣わしげなお医者さんの声が追ってくる。

大丈夫? だいじょうぶ? ダイジョウブなわけない。

オカアサンハ、ランソウガンデス。
マッキ二ナッテイテ、ザンネンナガラ、シキュウト、ハイヘノテンイガミトメラレマス。
ゴホンニンモ、ゴゾンジデス。
ナガクテ、イチネンデス。

気が付いたら壁によりかかって光を失った人のように手探りで前に進んでた。
お医者さんから聞いた言葉は宇宙人の言葉みたいで、あたしの頭で中々意味をなせへん。
ガン。マッキ。テンイ。
ザンネンデスガ。ナガクテイチネン。

ザンネンデスガ? 
残念ですがってこと? 
何が残念なん。
うちのオカンに残念なことなんて、そんなこと、起こるわけない。
何を言うてんのん。

ほんまはわかってる頭と、わかろうとしたない心が、あたしの身体をめりめりと引きさくようや。

痛い。

どこが痛むんかわからんような痛みに襲われて、しゃがみこむ。
ボタボタと床に落ちる涙。

痛い、痛い、痛い、だれか助けて助けて助けて
と自分の耳に吠えるような声が聞こえた。

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#35 花嫁の母のような気持ち

髪を簡単にぱっちん留めでまとめられ、白無垢の衣装を軽くはおっただけやのに、もうすっかりお嫁さんのオカンがそこにおった。
贔屓目やなくて、めっちゃ綺麗やと思うた。

どない? どない?
と笑うオカンに、サク婆は慌ててハンカチで目頭を押さえ、あたしはオッケーサインを送った。
捨て男は・・・捨て男は一瞬言葉もでえへんみたいで、棒立ちでオカンをひたすら見つめてやった。

ああ、この二人、ほんまにもうすぐ結婚すんねんなって何か感慨深い気になる。
花嫁の母ってこんな気持ちなんやろか?
ま、あたしの場合は花嫁の娘やけどさ。

さっき捨て男の衣装合わせの時には、年恰好から、どうしても、あたしが花嫁と思われたみたいで、お婿さん、お着物、よくお似合いですねと、あたしに愛想のええ笑顔で話しかけてきた係りの人。

いや、花嫁はあたしやなくて、あっちです
とあたしに指さされて、恥ずかしそうに舌出してたオカン。

そやなあ、どう見ても、あたしが花嫁って誰も思えへんわなあって笑うオカンやったけど、
そんなことないよ。
こうして見てたら、立派な花嫁さんよ。

マザコンと呼びたきゃ呼んで。
うちのオカンは綺麗。
おまけに気立てもええねんで。
ううんと、家事はちょと苦手やけど。

捨て男、オカンと一緒に幸せな家庭を築いてなって、まだ衣装の予行演習やのに、あたしの気持ちは変に盛りあがってしまうたりして、おまけにウルウルしたりして。
これやったら本番どないなることやら。
かなんなあ。

次はカツラ合わせ。
いよいよ、バカ殿かと賑やかに笑いながら試着室に入る。
オカンも初めてなら、あたしもカツラの試着なんて初めて。
こんなことなら映画村にでも行って練習しとけば良かったなぁなんて軽口をたたきあう。

大きな帽子の入れもんみたいな箱から出てきたカツラは意外と小さい。
うす紫のエプロンをかけた美容師さんが片手に持って説明する。

最近のはね、軽いですしねえ、
それに、高さも横の張りも、花嫁様のお顔だちに合わせて調節できるんですよお
と言いながら、美容師さんがどっかのネジをまわしたら、ぐいんぐいんと髷の部分が上下に動いたり、横の張りの部分がブワーンと開いてきたり。

すごいな。
よう、ちいちゃい男の子が持ってる合体ロボみたい。
ハイテクカツラ、花嫁と合体!シャキーンッ!
おもろいわあ。

そろそろとオカンの頭にカツラがのせられる。
ちょっとその顔が青白く見えるんは照明のせい? 
それとも緊張してる?

「痛いとこありませんか? 重さは大丈夫ですか?」

オカンのくるくるの後れ毛を器用に細い櫛の先でカツラの中にテキパキとまとめながら美容師さんが鏡ごしにオカンを覗き込む。

返事がない。

オカン、どない、バカ殿は?と、あたしも近寄って覗き込んで目を疑う。

真っ青なオカンの顔。
目が遠なってて、唇まで真っ青。

ちょ、ちょっと気分が悪くなってるみたいですというあたしの声に、慌てて美容師さんがカツラをはずしてくれる。

かろうじて意識があったらしいオカンが椅子からずり落ちるようにして床に倒れこんだ。

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#34 つるかめ つるかめ

その新捨て男とサク婆とオカンと連れ立っての衣装合わせ。
衣装屋さんへ行くのは電車に乗らなあかん。
最初、オカンはタクシーで行こうかと言うてくれたけど、サク婆も無理やったら家におりよし。私が替わりに見てきて、ちゃんと写真もとってきたるから
と言うてくれたけど、もうほんまにそろそろ流れの中に身を投げて自分の腕で泳がなあかん。
これを逃したない。
心配顔のみんなに、あたしも行くっと宣言。

当日はちょっと早めに目が覚めた。
ハチの散歩の時から落ちつかへん気持ちが出てたんか、
ねえちゃん、どないしたん?
と何度もハチが振り向いてた。

用意もすませ、いよいよ家を出るときはさすがに緊張したけど。
今日もアカンかったらどうしょうって。

ドキドキする自分の気持ちに耳をすます。
こわいドキドキやなくて、遊園地に行く前みたいなワクワクの入ったドキドキみたいや。
今日こそ大丈夫かも。
靴を履いてから、携帯を開ける。
センセイからのメールをもう一回見る。

『つるかめ つるかめ』

昨日の晩、今日のことを話したら、僕も一緒に行くと最初は言うてはったセンセイやったけど。
格好悪いとこ見られたないのが半分、もう十分大げさやのにこれ以上おおごとにしたないのが半分で断った(ほんまはね、ちょっと一緒についてきてほしかったけど)。

あああ、お嬢ちゃんの初めてのお使いには一緒に行きたかったのになぁと大げさなため息つくセンセイに、可愛い子には旅をさせてよと笑たあたし。
ほんだらな、もし、しんどなったらな、つるかめ、つるかめって唱えんねんでと真面目な声のセンセイ。

つるかめ? 何じゃそりゃ。

ゲンの悪いことがおきそうな時に唱えたら、
悪いこともええことに変えるおまじないや
と、あくまでも真面目な声で言いつのるセンセイ。
うちのひいじいちゃんから教えてもうたと。
僕も緊張したらよう唱えると。

いっつも大人で常温のセンセイが真面目に『つるかめ つるかめ』って唱えてる姿は可笑しい。
フフフと笑いながらそんなセンセイが愛しい。

つるかめ、つるかめと、いっぺん唱えてパタンと携帯閉じる。
玄関でお見送りしてるハチに、おねえちゃん行ってくんでと、一撫でして家を出る。
外でちょっと心配そうに待ってたオカンとサク婆と捨て男に、お待たせえと走り寄った。

家から駅まで徒歩12分。
トンネルをくぐり、公園の横をすぎ、小学校の横をすぎる。
小学校の桜につぼみが付き始めてるのをみんなで立ち止まって見上げる。
桜の季節になったら川べりにお花見に行こう、捨て男の作ったお弁当を持ってと盛りあがる。

駅前の自転車置き場が見えた時にちょっと耳がちくっとしたような。

つるかめ、つるかめ。

ちょっと速度を落として通りすぎる。
大丈夫、大丈夫。
駅はもうすぐ。
信号を待ってたら、やっぱりちょっと耳鳴りがするような気がする。

つるかめ、つるかめ。

オカンがちょっと心配そうに顔をのぞきこむ。
月ちゃん、大丈夫? 
うん、大丈夫。
今日は絶対、大丈夫。
ショルダーバッグのストラップをぎゅっと握り締めて横断歩道を渡る。
手が汗ばんできた。

駅へのぼる階段。
いつもならこの辺ではもうワンワンする耳と吐き気に襲われてるんやけど

・・・・今日は・・・大丈夫みたい?

大丈夫!大丈夫!!

切符も買って、改札を通る。
ここまで来る長い日々が嘘みたいに、気づいたら電車に乗ってた。
普通に。

いや、普通やないか、嬉しくて、ちょっと涙ぐんでしもたから。
もう一生電車にも乗られへんのんやろかと、布団に潜って泣いた日が嘘みたい。

携帯からセンセイに短いメール。

『つるかめ効いたよ! 月子』

一年ぶりの窓の外の見慣れた景色が、流れるように過ぎてくのを、珍しいものを見るように、ひたすら目で追ってた。

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#33 家政夫はジェームスディーン

ほんでも、こんなことになったんは全部自分のせいや、俺さえおらんかったら。
おばあはんにも、こんな辛い目させてと崩れる捨て男に、
バカタレ!あんたがおらんようになっても、幸造さんもお店も帰って来えへんっ、
私に悪いと思うなら、しっかり生きて。
ほんで幸造さんが研ちゃんに伝えた料理を、
もう二度と食べられへん幸造さんの手料理を、
研ちゃんがあたしに作ってちょうだい
と、捨て男の両肩を掴んだおばあさんの指は痛いほどやったって。

いっつもおじいさんの横で静かに笑ってるだけやったおばあさんにこんな強いとこがあったんやなんて。
どこかにフワフワと漂うて消えてしまいそうになってた自分をしっかり掴んで、もういっぺん世界につないでくれた強い力。

どっちにしても行き場がなかった捨て男。
落ち着きどころが見つかるまでのつもりで、お世話になることにした。

「家政婦言うても冗談みたいなもんで。
まだまだ達者やったおばあはんは、身の廻りのことは全部自分でするし、俺は料理をするぐらいで、反対に面倒みてもうて、孫みたいに可愛がってくれてなあ。
俺できること言うたら料理するぐらいやろう。
他に何かおばあはん、喜ばせられへんやろかと思て、前から大ファンやって言うてたジェームスディーンみたいな格好でもして笑わせたろと、ちょっとした冗談みたいなつもりでしたんやけどな。
おばあはん、涙流して笑い転げて喜んでくれてな。
似ても似つかんって。
かいらしなあって、おじいはん、女見る目あるなあって思うたわ。
まあ、俺も女を見る目はあるけどさ。」

ニッと笑う捨て男。

「でも人間ってわからんなあ。
あんな達者に見えたおばあはん、脳溢血であっと言う間に逝ってしもたもんなあ。
前の晩に俺の煮たひじきを食べて、幸造さんが作るのとおんなじ味やって嬉しそうに笑うてたのに。」

そこにおばあさんの姿が見えるかのように、空を仰ぐ捨て男。

「お通夜にも出させてもらえんで、あんなに世話なったおばあはんにきっちり手ぇも合わされんでな。
あっと言う間に追い出されて。
ほんま、ええ歳した男が捨て犬のような気分になってしもて。」

どこに行こうかと途方にくれた捨て男の頭にふと浮かんだのが『福耳』やった。

ほんで、そこでオカンとばったり会うたんや。
やっぱり何かが引き合うたんかなぁ。

大事な人を立て続けに亡くしてしもた捨て男。
死という言葉が持つ冷えた影。

傍らのハチの背中にさわる。
毛皮を通して手の平に伝わってくるハチの暖かさにほっとする。
生きてるって、あったかい。
当たり前のことが心にしみる。

ほんでも、時間はこうしてるうちにもどんどん流れて、いつかは必ず誰でもその冷たい死の淵に立つ日が来る。
どんなに怖くても。
いつかは。

頼りない筏に乗って流されてくだけのような自分の最近を思う。
どんどん変わる周りの景色をぼおっと眺めるだけのような日々。
もう、そろそろ自分の腕で水をかかなあかん時かもしれん。
自分の向かう方向を自分で見ながら。
たとえ辿りつくとこは一緒やったとしても。

はあ、それにしても夜空に浮き上がるような綺麗なお月さん。
笑てるみたい。
今晩、何度目かわからんぐらい、また見上げる。

捨て男も、いつのまにか起きてお座りしてるハチも、一緒に見上げてる。

裏庭にやわらかくふる白い月の光が積もるような晩やった。
それはあたしの心の中にも降り積もり、明るい光を灯すような。

ほんで次の朝、おはようと起きてったら、赤シャツにリーゼントの捨て男は消えてた。
かわりにちょっとロン毛ぎみの髪をポニテにして、ふつうの白いTシャツを着た捨て男が台所におった。
前掛けはいつものままやったけど。
せっかく慣れかけてたのに、また新しい人間が家にきたみたいやった。
おはようさんと笑う顔はそのままやったけど。

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